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少人数学級で麻生財務相が問題にしているのが単純な学力なら、ますます「教育の本質」は失われてしまう

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 少人数学級に向けて動きだしたことで学校現場の期待は高まっているが、この動きを黙って受け入れる気は財務省にはないようだ。財務省は少人数学級の「効果」を示すよう強く求めている。それが、教育現場を混乱させかねない。

■「証明してもらわないと具合が悪い」と財務相

 萩生田光一文科相と麻生太郎財務相との折衝で、公立小学校の1学級あたりの上限人数を現在の40人から35人に引き下げることが正式に合意されたのは12月17日のことだ。萩生田文科相が求めていたのは30人学級であり、しかも小学校だけでなく中学校も同時の少人数学級の実現だった。そこからすれば「後退」でもあるのだが、財務省に拒まれつづけてきた文科省の要求が、一部とはいえ、実に約40年ぶりに認められての改正となる。「前進」であることはまちがいない。

 しかし、財務省が少人数学級に向けた動きを受け入れているわけではない。萩生田文科相と小学校の35人学級で合意した麻生財務相は、翌日(18日)の閣議後記者会見で、「引き下げたことの効果を丁寧に検証していかないといけない」と強調したという。

『産経ニュース』(12月18日付)によれば、麻生財務相は「団塊の世代の60人学級(の教育)の程度が悪くて、35人学級のほうがよいことを証明してもらわないと具合が悪い」と語っている。さらに、「教員1人あたりの負担は減るかもしれないが、それで子どもの教育の質が上がるかどうかという点はよく考えないといけない」とも述べたという。

 つまり、小学校での35人学級を導入したことによる「効果」を示せ、と言っているわけだ。「少人数学級は効果がない」というのが財務省の持論であり、それで40年も文科省の要求を突っぱねてきた。

 だからこそなのか、どうしても「効果」にこだわりたいらしい。それにしても、団塊世代と比べようという発想はいかがなものだろうか。もちろん、効果のないものを導入しても仕方ないのだが、それは団塊の世代と単純に比べられるものでもない気がする。検証するのなら、麻生財務相も言っているように「丁寧な検証」でなくてはならない。

■単純に学力を求めるなら学校は混乱し疲弊する

「少人数学級の効果を示せ」と文科省に言っている財務省なのだが、求めている「効果」がどういうものなのか明確に示しているわけではない。具体的な効果の定義を示さないままで、「出せ」と迫っていることになる。「教育の質」という表現を麻生財務相も使っているが、それが財務省としては明確にできているのだろうか。明確になっていないものについて「証明しろ」とは、あまりに乱暴すぎないだろうか。

 もしも麻生財務相と財務省が単純に点数による学力を「教育の質」ととらえているのなら、財務省の要求に応えるために文科省は、学校現場に対策を強いてくるかもしれない。全国学力テストで点数をとり、順位を上げるために、通常の授業を犠牲にしてもテスト対策をやっているのと同じことが学校現場で盛んに行われるようになるかもしれない。

 そうなれば、学校現場は混乱するばかりか、疲弊する。それが「教育の質」とは、とうていおもえない。

「教育の質」について検証し、論議することは重要なことである。しかし単純な学力論議のような見当外れの検証や論議では、「教育の質」を失わせるものになりかねない。そういう見当外れになりかねない懸念が、麻生財務相の発言には感じられる。「丁寧な検証」をやるのなら、ほんとうの意味での教育の質を高めることにつながるものにしてもらいたい。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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