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働く教員ほど利用できない変形労働時間制の導入は「荒れた職員室」につながるのか

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

 半世紀ぶりに給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の改正が成立したのは、2019年12月4日のことだった。教員の働き方改革を前提にして行われたはずなのだが、教員を分断し、荒れた職員室につながる可能性がある。

■教員は反対する変形労働時間制

 教員に「定額働かせ放題」を強いているのが給特法で、給料月額の4%を教職調整額として加算するかわりに残業代が支払われないことになっている。この法律によって、過労死ラインを超える残業時間をこなしても残業代は支払われず、残業代なしに働かせることができるので、残業時間は増える一方という現実を生みだしてしまっている。4%の定額だけで働かせ放題となっているわけだ。

 その給特法が教員の働き方改革を名目にして改正されたのだが、4%の上乗せ額も残業代なしも見直されずじまいだった。1ヶ月45時間・年間360時間以内とする残業時間の「上限」は設けられたものの、業務内容の見直しがないままでは、上限の帳尻をあわせるための出退勤時間の「改ざん」が横行する事態になりかねないことは前回の記事で指摘した。

 給特法改正のもうひとつの柱とされたのが、「1年単位の変形労働時間制」である。こちらも、教員の働き方改革につながるどころか、弊害のほうが大きくなりそうだ。そのため変形労働時間制の導入に反対する動きが、日本全国で高まりつつある。

 給特法改正では変形労働時間制の適用を「可能」としただけで、実際に導入するかどうかは各地方公共団体の判断による。しかし、導入に向けた地方公共団体の動きは鈍い。そこに問題があることを、地方公共団体も気づいているからなのかもしれない。

■まとめて休みなどとれないのが現実

 そんななかで12月11日、北海道議会は本会議で導入のための条例案を賛成多数で可決した。全国初となる可決である。同日には北海道高等学校教職員組合連合会(高教組)と全北海道教職員組合(道教組)が反対声明を発表し、北海道教職員組合(北教組)も反対する姿勢を強めている。

 1年単位の変形労働時間制とは、残業した分を夏休み期間などにまとめて休む制度である。簡単に言えば、1学期の残業時間が24時間だったとすると、1日8時間が正規の勤務時間であるから3日分にあたるので、夏休みなど子どもたちが登校しない時期にまとめて3日の休みをとるということになる。

 給特法改正で決められた上限の月45時間の残業が1学期中(4~7月)ずっと続いたとすれば、180時間の残業時間となる。つまり、夏休みに22日あまりの休みをまとめてとることができる計算となる。

 ただし、現実的ではない。分かりやすい例で言えば、部活である。夏休みでも練習は続いているのに、顧問が夏休みの半分を休むなんてことはできるはずがない。部活だけでなく、いまの教員は夏休みでもやらなければならない仕事を山ほど抱えている。夏休みにまとめて長期に休むなど、絵に描いた餅でしかない。

■働けば利用できなくなっている制度

 さらに給特法改正で可能とした1年単位の変形労働時間制が適用されるための条件として、残業時間の上限が決められている。適用する前の年が「月45時間・年360時間以内」で、適用される年は「月42時間・年320時間以内」が見込まれていなければならないとなっている。

「以内」となっているのがくせ者で、この上限を超えると変形労働時間制は利用できなくなってしまうのだ。月45時間を超える残業をしてしまえば、夏休みにまとめて休もうとしても、それが許されない制度というわけだ。

 北教組が2020年9月について実施した「勤務実態記録」の集計結果によれば、月45時間の上限を超えて働いていた教員が、小学校で66.9%、中学校で79.0%、高校では72.2%に達していた。つまり、北海道が来年4月から1年単位の変形労働時間制を導入した場合、これだけの教員が利用できない可能性が高いということだ。多くの教員が利用できない制度を導入したところで、働き方改革につながるわけがない。

■教育現場は荒れていくのか

「だから残業時間を減らす努力をすべきだ」という意見があるかもしれない。しかし現在も、教員がわざと残業時間を増やしているわけではない。それどころか、やらされる業務は増えるばかりである。業務は増やすばかりで残業は減らせとは、無茶振りそのものでしかない。

「これでは、仕事をしない人だけが利用できる制度でしかない」と、ある教員は憤りをあらわにする。さらに、「制度を利用できる教員と利用できない教員ができるわけで、教員を分断する制度でしかない」とも続けた。

 制度を利用するために、残業時間の改ざんが横行するかもしれない。制度の利用をめぐって教員同士の対立に発展するかもしれず、そうなれば「荒れた職員室」でしかなくなる。そんな環境で、教育は成り立つのか。いったい何のための給特法の改革だったのか、疑問でしかない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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