学校と保護者での押印廃止は、わざわざ文科省が「通知」で指示するようなものなのか

(提供:ideyuu1244/イメージマート)

 学校における「押印廃止」をはじめとするデジタル化は、ほんとうに教員と保護者の負担を軽くするのだろうか。「デジタル化ありき」の方針は、かえって学校現場に混乱を引き起こさないだろうか。

学校のハンコは企業のハンコと同じか

 政府がデジタル化を推進するために力をいれているのが、「押印廃止」である。新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)で一気に広まった感のあるリモートワークだが、さらなる普及の障害になっているのが「押印」である。

 これまでの企業には、ハンコが必要不可欠だった。ひとつの書類が決裁されるためには、いくつもの押印を必要としていたからだ。押印は人の手で行われるために、リモートワークだと不可能である。新型コロナでの在宅勤務中でも、わざわざ押印だけのために出社するという光景も珍しくなかった。

 その押印を廃止すればリモートワークも広がるだろうし、政府の方針であるデジタル化も推進される可能性は高い。だからこそ政府は押印廃止の流れをつくりたいわけで、年末調整や確定申告でも押印を不要にしようとしている。

 その流れを、文科省も後押ししようとしているのだろうか。乗っかろうとしているだけなのか、学校における押印の廃止も含めた見直しを言い出した。20日に文科省は各教育委員会などに向けて、「学校が保護者等に求める押印の見直し及び学校・保護者等間における連絡手段のデジタル化の推進について」という「通知」をだしている。別添資料まで含めると、A4用紙で14枚もある。そこには、次のようにある。

「この押印手続きがあるが故に、学校・保護者等間における連絡手段のデジタル化に移行できなかった現状もあると考えられます」

 企業と同様に、学校と保護者のあいだでは押印が不可欠の存在となっているのだろうか。その実態について、「通知」は次のように指摘している。

「保護者等懇談会や夏休みの補習授業への参加申込みをはじめとする軽微な内容から、児童生徒の肖像権に関する承諾やアレルギーの確認、保健調査、進路調査など、児童生徒等の権利関係や機微な情報等を扱う内容まで多岐に渡って、学校・保護者等間において書面で押印を伴うやりとりが多々行われている」

文科省も認める学校のハンコの存在の軽さ

 ただし、その押印が企業とおなじように厳密なものかといえば、そうでもなさそうだ。「通知」は押印の効果について、「押印があることで当該文書が保護者等によって作成されたことが一定程度『推測』されることにはなる」としている。

 そして、印鑑の盗用などによって他人や児童生徒が利用する可能性も指摘している。さらに、「特に保護者等に多用されているいわゆる『認印』による押印の場合には、その認印が保護者等のものであることを認印自体から立証することは事実上困難であり」とし、「押印の効果は限定的である」としている。

 つまり、学校と保護者のあいだの押印は厳密なものではないということだ。企業の場合とは、まるで違う。押印に関して問題が多発しているなら見直しも必要なのだろうが、そんな話はあまり聞かない。「通知」も指摘しているように認印が多用されているし、サインで済まされるケースも珍しくない。その程度の利用でしかないのだ。にもかかわらず、押印見直しは緊急を要する案件なのだろうか。

 押印を廃止して、保護者もID登録をしたうえでメール等でのやり取りを文科省は勧めている。デジタル化だ。デジタル環境を整えなければならないし、かえって手間がかかってしまうかもしれない。

 それは文科省も想定しているのか、「通知」の別添資料のQ&Aで「デジタル化することで、逆に双方向の負担が増えてしまうような場合にまで押印省略を求めるものではありません」と答えている。腰が引けている。

 デジタル利用で学校と保護者の関係がスムーズにいく可能性がないわけではないだろう。しかし、ただデジタル化を煽ってみたところで仕方ない。その押印廃止よりも、そもそも連絡事項に押印が必要なのか、そこから見直すのが先ではないだろうか。それは文科省に言われてやることでもないだろうし、学校現場が自律的にやるべきことのような気がする。