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どうせなら教科書の分量そのものをバッサリと「仕分け」してほしかった

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

「野球に例えるなら、『試合数が減っているのに打席数は確保しろ』と言っているようなものだと感じました」

 そう言ったのは、ある公立中学校の教員である。6月5日付けで文科省は「学校の授業における学習活動の重点化に係る留意事項等について」という「通知」を都道府県教育委員会などに向けてだしている。

 これを、同日付の『産経新聞』(Web版)は「教科書の一部は家庭学習で 文科省、学校再開へ指導内容仕分け」というタイトルの記事で報じている。「仕分け」と聞くと、国家予算の見直しのために各事業について必要か否かを判断し、必要でないと判断した事業については予算をバッサリ切った、あの民主党政権時代の「事業仕分け」を思い浮かべる方も少なくないだろう。

 そこから、「指導内容を必要か否を判断してバッサリ切るのか」とおもったりもする。休校で授業時数が足りなくなっているのだから、指導内容をバッサリ「仕分け」すれば来年3月の卒業には間に合う。試合数も少なくていいし、子どもたちの打席数も少なくて済む。

 しかし、違った。『産経』の記事は、文科省の「仕分け」について次のように説明している。

「新型コロナウイルスによる休校で生じた学習の遅れを取り戻すため、文部科学省は5日、小学6年と中学3年の教科書の内容を精査し、学校の授業で取り扱うべき部分と、家庭学習などで対応できる部分に分け、全国の教育委員会に通知した」

 指導内容を「バッサリ削除」するわけではないのだ。教科書の内容はそのままに、「学校でやる分」と「家庭でやる分」に分けるというだけのことである。休校で授業数(試合数)は減ったけれども、子どもたち一人ひとりがやること(打席数)は予定どおりやらせようとする策でしかない。

 そのために文科省は、「教科書発行者の協力を得て、(中略)授業における学習活動を重点化する際の参考となる資料」をホームページにアップしている。「仕分け」の参考例を示しているわけだが、その仕分けは文科省がやったわけではなくて、教科書会社にやらせたのだ。そこには、教科書会社の教科書ごとの仕分けが載せられている。

 たとえば東京書籍の中学3年生用の国語教科書「新編新しい国語3」の巻頭詩を読む授業については、次の2つが「学習活動例」として示されている。

 1.全文を通読し、内容を大まかにつかむ。

 2.詩の意味や効果的な表現を捉え、文末表現などに注意して、読み方を工夫して音読する。

 このうち1は、「学校の授業以外の場において行うことが考えられる学習材・学習活動」に仕分けされている。つまり、「家庭学習でやらせる」わけである。授業と家庭学習とを合わせれば学習内容をクリアしたことになる、というわけだ。

 とはいえ、本来は授業でやることになっていた1の部分を、子どもたちが一人の家庭学習でやれるのか、という問題がある。やれる子も、もちろん、いる。しかし教室で教員が前にいるからやるけれど、自宅で一人だったらやらない子もいるのではないだろうか。打席は与えられても、バットを振らない子だっているのだ。

 教員にしても子どもたちが目の前にいれば、「読んでるな」とか「内容をつかんでいるようだ」といった判断もしやすいはずだ。それが、できなくなる。

 教科書会社がつくった「参考例」に従って授業をすすめれば、クラスの全員が「内容を大まかにつかんでいる」との前提で2をやることになる。1をやっていない子もいるなかで、授業は混乱することにならないだろうか。分からない子は、どんどん置いていかれることにもなりかねない。

 前出の中学校教員も、「質を無視したやり方にしかおもえません」と首を傾げる。教科書は「やったこと」になるだけで、中途半端な状態で子どもたちは送り出されることになりかねない。

 どうせなら、教科書の内容そのものを精選し、この際、バッサリと切るところは切ってもらったほうがよかったのではないだろうか。試合数に見合った打席数にしたほうが、子どもたちの学びの「質」は確保されるにちがいない。当初の教科書の「量」をこなすことを優先するあまり、「質」が疎かになりかねない。それは、子どもたちのためにはならない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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