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新型コロナで浮かびあがる「子どもファースト」でない現実

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

「新型コロナウイルス感染症拡大防止のための自粛要請に応えているのに、それに対する対応が平等じゃない。これって、おかしいですよ」と怒るのは、横浜市を中心に活動する「NPO法人 もあなキッズ自然学校」の理事長である関山隆一さんである。

 4月7日に安倍晋三首相は、東京や神奈川県など7都府県を対象に非常事態宣言を発出した(その後、4月16日に対象を全国に拡大)。これを受けて学校や幼稚園などでは、休業を延長する措置がとられている。しかし、「保育園」は開園したままである。

 学校や幼稚園を管轄するのは文部科学省(文科省)だが、保育園は厚生労働省(厚労省)の管轄である。保育園に子どもを預けるためには、保護者が働いていることが前提になっている。働くために預けているわけだ。つまり、保育園が休業してしまうと、保護者は働けなくなってしまう。だから、新型コロナウイルス感染症で緊急事態宣言が発出されたにもかかわらず、保護者が働きつづけるために、保育園は休業していない。そこにも問題があるはずだが、ともかく、緊急事態宣言のあとでも保育園は開園を続けている。

 ただし、「開園しているのだから絶対に登園しなければならない」というわけではない。緊急事態宣言を受けて保護者が仕事を休んだり在宅勤務で子どもの面倒をみられる場合は、休んでいいことになっている。むしろ、休んでもらうことを勧めている。

 ここで問題が生じる。昨年10月からスタートした幼児教育・保育無償化(幼保無償化)によって3歳から5歳までの子どもについては保育料が無料になっているので、登園させても休ませても、保護者に負担はない。

 問題は、0歳から2歳までの子どもについてである。この年齢の子どもたちは、幼保無償化の対象になっていない。「いちばん保育料の高い時期に無償化の対象になっていないのはおかしい」と、保護者からは不満の声が多い。

 これも大きな問題なのだが、とりあえず今回は置いておいて話をすすめたい。保育料は月単位に徴収されることになっており、通常は病気などで休んでも保育料が減額されることはない。病気などは自己都合だからだ。

 しかし緊急事態宣言を受けての休みは、政府の要請に応えているわけで、自己都合ではない。そのあたりは、行政も理解しているようだ。

 もあなキッズ自然学校にも、横浜市から緊急事態宣言を受けての通知があった。そこには「保育所等は引き続き、開園をお願いします」とあり、保育料については「期間中に、登園を控えた園児の保護者に対しては、登園しなかった日数に応じて利用料を減額することとし、後日還付いたします」とある。つまり、緊急事態宣言に応じて登園しなかった分の保育料は、横浜市が返還するというのだ。

 国の要請に応えているのだから、自治体としては当然の対応といえる。しかし、「保護者は怒りまくっていますよ」ともあなキッズ自然学校の関山さんは言う。怒っている理由を関山さんは、次のように説明する。

「私たちが運営する保育園のなかでも、保育料の減額があるところと減額を受けられないところがあるからです。同じように国の要請に応じているにもかかわらず、減額については差別される。もう、驚きですよ」

 もあなキッズ自然学校が横浜市で運営する保育園には、3つのタイプがある。まずは、国が定めた設置基準をクリアして都道府県知事に認可された、いわゆる「認可保育園」。そして国の設置基準ではなく地方自治体が独自に定めた基準に従って地方自治体が認証している保育園がある。「認可外保育施設」と呼ばれるもののひとつで、横浜市では「横浜保育室」と呼んでいる。同じようなものを「認証保育所」と呼んでいる自治体もある。

 そして3番めの形態が、「森のようちえん」である。自然保育の実践を目的とする施設で、ここは国の設置基準もなければ、ほとんどの自治体でも基準が設けられていない。従来の制度、自分たちが主導した制度だけを守るのに必死で、子どものためになるにもかかわらず新しいもの、ましてや民間主導で生まれたものを認めようとしない政治・行政の古い体質のためである。

「保護者の子育てに対する考え方、そして条件を考えて、3つの形態で運営しています。ところが今回の横浜市による保育料の減額措置では、森のようちえんが対象外にされてしまったんです」

 と、関山さん。国の緊急事態宣言に応じて森のようちえんを休ませても、その分の保育料を保護者は負担しなければならないのだ。認可保育園に通わせている家庭と同じように、子どもの健康を優先して休ませているにもかかわらず、違う対応をされていることになる。

 横浜市の保育料の減額措置は、感染拡大防止のために可能なかぎり登園を自粛してもらうことが目的のはずである。それが、子どもの健康を守ることにもつながるからだ。にもかかわらず、国や自治体が認めた保育園に通う子どもの健康は守るが、森のようちえんに通う子の健康は守らない、ということになってしまっているわけだ。関山さんが続ける。

「同じ子どもなのに、同じ命なのに、こんな差を設けるのはおかしい。それで横浜市に申し入れしたんですが、国や自治体としての制度でないところは、保護者と事業者の直接契約なのだから、減額するかどうかは事業者独自に判断してください、という返事でした」

 減額するかどうか勝手に判断して、減額した分については事業者が負担しろ、というわけである。「そんな返答を正々堂々とされたので、まさに驚愕でした」と、関山さんは驚きと怒りとが入り混じった表情で言った。

 子どもたちの健康よりも、制度が重視されているわけだ。「子どもファースト」ではなく、「制度ファースト」でしかない。緊急事態宣言が発出される事態にもかかわらず、まだ「制度ファースト」なのだ。

 これは、横浜市に限ったことではないらしい。同じようなことになっているところのほうが多い。

「制度ファースト」ではなく、日本全体が「子どもファースト」にならなければ、安心して子どもを育てられる、子どもたちが成長していける環境をつくることはできない。制度ファーストの壁を壊すことが求められている。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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