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「無償化」というけれど、真剣に子どもたちの成長と向きあう「森のようちえん」が爪弾きにされている現実

前屋毅フリージャーナリスト
1人が見つけたミミズに興味を示して集まってきた「森わらの子たち」 (撮影:筆者)

 森のようちえんのひとつである「自然育児 森のわらべ多治見園」(森わら)では子どもたちが人間らしく成長していること、その子どもたちに刺激されて人間らしく生きることを模索している保護者たちがいることを、これまで2回にわたって紹介してきた。

第1回

第2回

 その「森わら」で働くスタッフと少し話をした。彼女は公立の保育園を辞めて「森わら」で働いているという。金銭的な待遇が保育園より格段に森わら」のほうがいいのならば、彼女の転職も理解できる。しかし「森わら」での待遇は、はっきり言えば、まったく良くない。それでも、なぜ転職したのか。その理由を彼女に訊ねないわけにはいかなかった。

「働いていた保育園は、価値感を大人が子どもに押しつけるところでした。そこに疑問があったし、嫌でした。『森わら』は、価値感を押しつけません。それでいて子どもたちは、大事なことを学びながら成長しています。ここで働けてよかった、とおもっています。経済的には、満足しているとはいえませんけどね」

 といって、彼女は笑った。彼女にとっても、「おカネがいちばんではない」らしい。

 ともあれ、なぜ「森わら」スタッフの賃金は低いのか。「森わら」がスタッフの賃金をケチって、不当に安くしている、ということは絶対にない。

 公立であれ私立であれ、保育園や幼稚園の運営費は自治体からの補助金に頼っている。しかし、森のようちえんには補助金が支払われていない。「森わら」も同じである。

「森わら」をはじめとする森のようちえんの運営費は、保護者が支払う保育料だけでまかなわれている。高い保育料を負担できる保護者ばかりなら、少しは運営も楽になるのかもしれないが、そういう保護者ばかりを集めるのは、それはそれで現実的ではない。

こんな岩場も子どもらの遊び場  (撮影:筆者)
こんな岩場も子どもらの遊び場  (撮影:筆者)

 さらに、今年(2019年)10月から政府は幼児教育の無償化をスタートさせるが、その対象から森のようちえんははずされてしまっているのだ。「無償化」と政府や政治家は胸を張るけれども、こうした「見落とし」があることを見て見ぬフリで済ませようとしている。

 森のようちえんが無償化の対象からはずされているのは、「国や自治体が定めた要件」を満たしていないからである。その大きな用件とは、「園舎をもたない」ところである。

 自然のなかで育てることに価値をみいだしている森のようちえんでは、決まった園舎をもつことに、さほどの意味はない。親も参加する森のようちえんの育児は、免許をもった保育士や教諭だけで行うことを前提にしている国や自治体の方針とは違っている。保護者がかかわることの意味の大きさは、この連載の1回目でも述べたけれども、それを国や自治体は理解していないのだ。

 つまり、国や自治体が決めた枠にはいらない森のようちえんは無償化の対象からはずす、というわけだ。補助金の対象にされないのも同じで、国や自治体に大人しく従わないからだ。もちろん反抗しているわけではなくて、子どもたちのためになることを実践しているだけでしかない。子どもたちの成長にどれだけ意味のある存在であっても、自分たちの方針に従わないところには無視する、というのが国や自治体の姿勢らしい。

 無償化の対象になれば、「森わら」だって助かる。そのために園長の浅井智子さんは、認可園になることも考えた。考えただけではなく、いろいろ動いてもみた。彼女が中心になって「森わら」についてまとめた『お母ちゃん革命』(ポプラ社)の「エピソードゼロ」に次のように綴られてある。

園長の浅井さんと「森わら」による『お母ちゃん革命』(ポプラ社)  (撮影:筆者)
園長の浅井さんと「森わら」による『お母ちゃん革命』(ポプラ社)  (撮影:筆者)

「少しでもお母ちゃんたちの負担を軽くできるのなら、少しでも森のわらべの経営が安定するのならと、無償化の枠に入る方策も考えに考え、いくつもの物件や土地を見て回り、保育の在りかたも改めて検証しました」

 結果的に、浅井さんは無償化の枠にはいることを断念した。わたしのインタビューに、浅井さんは答えた。

「枠の中にはいると、保護者が加わることさえダメになります。子どもの数に対するスタッフの数も決められてしまう。枠にはいると、自分たちの目指している育児ができなくなる。それなら、枠なんかにはいらなくていいと判断したんです」

 それでも、「少しでも保護者の負担を減らしたい」という思いは彼女の頭から離れないテーマでもある。子どもたちのことを考えて、子どもたちのための育児を実践しているにもかかわらず、それが認められないどころか「爪弾き」にされてしまっている怒りのようなものが、彼女の口からは伝わってくるようだった。

「子どもたちのことを考えてくれる企業が支援してくれないかな、と本気で考えるんですよ。そういう企業があってもいい気がするんですけどね」

 とも、浅井さんはいった。企業の社会的責任(CSR=corporate social responsibility)が声高にいわれるようになってきている。CSRへの取り組みを誇示する企業も少なくない。

 企業が森のようちえんのスポンサーになっても不思議ではないのだ。むしろ、これほど大きな意味のあるCSRにもかかわらず、名乗りをあげる企業がないことのほうが不思議でならない。

 とはいえ、ただ宣伝のために利用しようという企業では困る。自社だけに都合のいい教育を押しつけてくる姿勢でも迷惑でしかない。それでは、CSRの精神にも反することになるだろう。

満足そうな表情で子どもたちは帰っていった (撮影:筆者)
満足そうな表情で子どもたちは帰っていった (撮影:筆者)

「カネはだすけれども口はださない、そういう企業があれば、ほんとうに嬉しいんですけどね」

 浅井さんはいった。森のようちえんをサポートする企業が登場することを期待したい。それ以上に、「森わら」をはじめとする森のようちえんにたいする考え方やサポートのあり方を国や自治体が変えることを期待したい。

                                                         (おわり)

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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