「つまらない」から教職は敬遠される

(ペイレスイメージズ/アフロ)

 国公立大学で教員養成系学部の志望倍率が下がっている、と『毎日新聞』(2018年2月25日付、電子版)が伝えている。その傾向は国公立大学にかぎったことではなく、私立大学でも同じ傾向だという。駿台教育研究所の調査によると、私立大学における教員養成系学部の倍率は、2013年度の14.97倍から17年度には11.47倍と急減しているそうだ。

 教員採用試験でも同じ傾向が目立っている。文部科学省によると、2017年度の受験者数16万6068人で、前年度より4387人(2.6%)の減少となっている。ここ数年は減少傾向が続いているという。

 つまり、教員という職業の人気がないのだ。その理由を前出の『毎日』は、「専門家は『教員の過酷な労働環境が知られ、敬遠されているのでは』と分析する」としている。

 過労死ラインを超える残業時間が学校現場で「普通」になっている実態が、次々と明らかにされている。教員の過重労働問題は、もはや社会問題化しているのだ。そういう実態を聞けば、尻込みしてしまうのも無理はない。

 ただし、教員だけが過重労働になっているわけではない。多くの企業でも長時間労働やサービス残業は珍しくなくなっている。日本のビジネス社会全体がブラック化しているのだ。

 にもかかわらず、なぜ教員という職業が敬遠されつつあるのか。答は簡単である。つまらない、からである。

 事務仕事などが増えたことで、教員は長時間労働になっている。そのため、子どもとふれあう時間が削られている。本来の業務に時間を割けないのだ。これでは、何のために教員という職業を選んだのかわからないだろう。

 しかも、全国学力テストの順位が大きな関心事になっていることに象徴されるように、ますます「点数」ばかりが重視される教育現場になっている。何のための教育か、訳の分からないことになっているのだ。

 そんな教育現場が楽しいはずがない。子どもの成長を支援しているという教員本来の楽しみを感じることも少ない。そんな「つまらない」職業の志望者が減るのは、きわめて当然である。

 大学の教員養成系学部や教員採用試験の受験者が減りつづけていることに、教育の危機が反映されている。