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沖縄県教委への「働きかけ事件」からみえる教育委員会の危うさ

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

2016年度の教員採用試験で特定の受験者を合格させるよう県教育委員会に働きかけた疑惑によって、1月23日付けで沖縄県の安慶田光男副知事が辞職した。この辞職によって、「安慶田副知事個人の問題」で済まされてしまいかねない雲行きだが、実は、同じような問題が頻発しかねない状況にあることに目を向けなければならない。

まずは、沖縄における事件を振り返ってみる。副知事が辞任した翌日の24日、沖縄県教委は「働きかけ」の経緯を記した文書を公開している。

それによれば、2015年8月に副知事から呼ばれた当時の教育長は、受験者3人の受験番号、教科、名前が記入されたメモを渡され、「よろしくお願い」「無理しなくてもいい」といわれた。教育長は県教委幹部と協議したが、「こんなことは絶対にできない」との結論になり、特別な措置はとらなかった。最終合格発表後に、教育長は副知事に結果を伝えた。副知事から働きかけのあった3人のうち1人は不合格だったが、副知事からの苦情はなかった。

同じ年の10月にも副知事から、学校事務職員採用試験一次合格者1人の受験番号と名前を示され、「よろしく頼む」と告げられた。これに教育長は、所管は県教委ではなく、県人事委員会だと説明。それに、副知事は「わかった」と答えて引き下がった。

さらに県教育庁幹部を県教委の教育指導統括監に受け入れるよう副知事から指示があったが、これを教育長は断った。それについて教育長は、副知事から激しく恫喝されたという。

この県教委による文書によれば、副知事からの働きかけがあった事実は明白である。その一方で、県教委は副知事の圧力に屈しなかった自らの潔白を示してみせたことになる。

ただし、こうした圧力が安慶副知事だけからあったのか、ほかの副知事、または知事の時代にもあったのかどうかは、明らかにされていない。ほかにもあったとすれば、これは確実に問題は広がり、大事となる。

それを避けるには、安慶田副知事だけに注目が集まるようにすることが得策である。県教委が意図したかどうかはわからないが、結果的にそうなりつつある。

ともかく、文書を公表することで、県教委は自らの潔白、政治から独立した立場を守り抜いた姿を強調してみせた。それについては、素直に認めなくてはならない。

問題は、これからも教育委員会が副知事など政治サイドの圧力に抗していけるのか、ということである。それは沖縄県教委だけでなく、全国の教育委員会についていえる問題なのだ。

2015年4月1日に施行された教育委員会制度の改正で、それまで教育委員会には事務執行責任者である教育長と、教育委員会委員で構成される委員会の代表者である教育委員長という2人の「長」が、一本化された新たな教育長(1人の長)となった。教育長の権限が強まったといえる。

さらに、それまで教育長と教育委員長は教育委員が選んでいた。これが改正によって、「首長」と呼ばれる都道府県の知事や、市町村・特別区の長が任命することになった。教育長の人事権を政治家が握ることになったのだ。

一般的に、人事権を握られている相手には弱い。つまり、教育長は首長に弱い構造ができあがったことになる。

その首長に首根っこをつかまれた教育長が、首長の圧力に抗しきれるのかどうか、疑問をもたざるをえない。沖縄県教委は安慶田副知事の圧力には屈しなかったが、新しい体制になって首長、その意を受けた副知事など政治サイドの圧力に同じように抗していけるのかどうか心配になる。

沖縄県だけでなく、その懸念は全国の教育員会についていえることでもある。教育委員会が政治から独立した立場を毅然として守っていけるのかどうかという疑問が、沖縄県の「働きかけ事件」の向こうから湧いてくる。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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