今年1月24日付『日本経済新聞』が載せた「なくせ 放課後の学び格差」という記事を読んだ。そして、思った。これは学校の危機なのだ、と。

記事は、「家庭の経済事情による子どもの教育格差に注目が集まる中、無料の学習支援など『放課後』を活用した格差解消の取り組みが各地で広がっている」と書いている。学習塾に通えない子どものために無料で学習支援などを手がけるNPOの活動が広まっており、さらには「塾利用助成券」を配って学習塾に通うための支援をする自治体まででてきている、という。

こうした経済的問題で学習塾に通えない子どもを支援する試みが広がるのは、良いことだとおもう。しかし問題は、「学習塾に通わなければ学力で劣ることになる」ということが前提になっていることである。学力格差をなくすためには誰もが平等に学習塾に通えるようにすべきだ、というわけだ。

「学校では不十分」といっているようなもので、学校否定にもつうじる。これは、学校の危機である。

もちろん、記事が指摘しているように経済事情で学習塾に通えるかどうかが格差につながる現実を否定するつもりはない。ただし、それは「点数をとるための学力」であり、「受験に合格するための学力」を前提にした場合のことである。

学力は点数ばかりではない。学力とは、もっと広い意味での人間性を指しているはずである。それこそが、学校が目指さなければならない学力でもある。

そんな学力については学校はじゅうぶんに役割をはたしているのか。残念ながら、「否」と答えるしかない。

だからこそ、点数だけの学力に引きづられることになっている。学校に行けても学習塾に通えない子どもは不幸だ、などといわれてしまうのだ。これを、学校の危機と言わずして何なのだろうか。

学校だけが問題なのではない。こんな状況をつくりだしているのは、教育の根本的な問題なのだ。日本の教育は危機なのだ。

学習塾に通う支援も悪くはないが、それよりも、もっと根本的なところを修正する努力こそが必要である。そうしたところが注目されるようにならなければ、学校の危機も、教育の危機も終わらない。