定年延長が国際的なトレンドになってきている。マレーシアでは実質55歳だった定年を60歳に引き延ばすことが昨年から法律で義務づけられた。タイでも中国でも、同様に定年を延ばす動きがでてきている。

労働力不足を補う意味もあるが、平均寿命が伸びていることも大きな理由になっている。平均寿命が伸びて働かない年配者が増えてくると国が面倒をみなければならなくなるため、社会保障費が膨らんでいく。

それは、国にとって望ましいことではない。年配者であっても働いて自分の面倒をみさせれば、社会保障費の支出削減につながり、国としては助かる、というわけだ。

日本も例外ではない。昨年の改正高年齢者雇用安定法でによって、希望する全従業員を65歳まで雇用することが企業に義務づけられた。年金の支給年齢引き上げと密接な関係があり、年金がもらえる年齢を65歳からにするために、それまでは働いて自分の面倒は自分でみろ、といっているのだ。

定年延長は、「本人のため」ではなく「国の都合」というわけである。少子高齢化で労働力不足が日本でも問題化しつつあるなかで、働く年配者が増えることは企業にとっても好都合のように思えなくもない。

しかし、そうではない。働く年配者が増えたにしても、年配者が働ける仕組みになっていないからだ。企業では、ある年齢に達すると役職からはずす役職定年が早くから導入されているように、年齢を重ねれば重ねるほど不要な人材として扱われる仕組みになっているのが現実だ。ファストフード店にしても、体力のある若者を働かせる仕組みであって、年配者が働く環境になっていない。

国の施策で年配者を労働力として送り込んでも、働く現場では年配者が働けるような環境になっていないのだ。これでは働く側も、働かせる側も混乱するばかりだ。

この状況は、徴兵制にも似ている。かつての戦争でも、戦況が悪化して兵力が不足してくると徴兵年齢を引き上げて年配者を戦場に送り込んだが、戦場は体力のある若い兵士を前提にした戦い方しかしていないので、年配兵士は期待したほどの戦力にならなかった。

国の都合で年配者を最前線に送り込んでも、その年配者を活かす仕組みがなければ、効果がでないばかりか、逆に足を引っ張る確率のほうが高くなる。定年延長にしても、年配者を活かす仕組みづくりは二の次にしておいて、年金支出減ばかりに目を奪われていると、日本経済の弱体化に拍車をかけることになりかねない。