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生活保護引き下げは低賃金のごまかしか?

前屋毅フリージャーナリスト

■生活保護費より低い最低賃金

すっきりと納得する気になれない。参議院選挙でも大勝した自民党を率いる安倍晋三首相は、8月から生活保護費を引き下げる一方で、最低賃金の増額を目指すそうだ。

一般の所得を増やして景気を浮揚させると豪語している安倍首相は、賃金の引き上げを経団連(日本経済団体連合会)などに呼びかけたことがある。それに一部の企業は応えてボーナスの引き上げを発表したものの、根本的な賃金引き上げを発表するところは、ごくごくわずかにすぎなかった。その引き上げの声さえ、すぐに消えてしまった。

安倍首相のかけ声だけが空しく記憶に残るなか、厚生労働省が発表した調査で、「最低賃金で働いて稼げるお金が、生活保護の給付水準を下回る『逆転現象』が、11都道府県であることが22日わかった」(『朝日新聞』7月22日付 電子版)という。昨秋には6都道府県だったというから、ほぼ倍である。

これでは、「働くより生活保護をうけたほうがいい」となってもおかしくない。事実、そういう事態が増えているらしい。

だからといって、生活保護費の引き下げに結びつくのは納得できない。生活保護費の給付水準が大企業の社長並みというなら納得できるが、絶対に贅沢な生活ができる金額ではない。「給付金でパチンコをしてる」という反論もあるだろうが、全部の受給者がやっているわけではない。全部の受給者が贅沢な生活ができるほどの生活保護費の水準になっているなら、それは見直す必要があるだろう。

■最低賃金は労働の意味を考えて決められるべき

しかし問題は、生活保護費の水準が生活するに必要なレベルなら、これを下まわる最低賃金がおかしいというところにある。働いている人の収入が税金で支援してもらってる人のそれを下まわっていいはずがない。

それはおかしい、と安倍政権も考えているのだろう。だから、最低賃金の増額を目指している。

ただし、それは生活保護費の引き下げとセットではない。生活保護費を引き下げれば、それを上まわる最低賃金は少しの増額で済む。少しだけ最低賃金を上げておいて、「生活保護費を下まわるところがなくなりましたよ、すばらしいでしょう」と胸をはれるのだ。

そんなことをやられては、たまったものじゃない。働いている人の最低賃金が生活保護費と比較されること自体が、おかしすぎる。働いている人の収入を、生活保護費の水準と並べて論じていいはずがない。

働いているという価値をじゅうぶんに考慮して最低賃金は議論されるべきである。くれぐれも「生活保護費水準より高い最低賃金ですよ」という、最低賃金の低さをごまかすレトリックにだまされてはいけない。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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