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安倍首相の吹く笛に、どこまで本気で企業は踊れるのか

前屋毅フリージャーナリスト

■踊るには踊ったが

どの企業が踊りだすのか、楽しみだ。

安倍晋三首相は6月4日に開かれた経団連(日本経済団体連合会)の定時総会であいさつし、「生産性向上のためには大胆な投資と、工場や事業の思い切った新陳代謝が必要」と、企業に積極的な投資を促した。政府がやるべきことは後回しで先に民間をせっつく、安倍首相の得意技である。

今年2月に安倍首相が経済界に労働者の賃金引き上げを要請すると、安倍政権の産業競争力会議の民間議員でもある新浪剛史氏が社長を務めるローソンがまっさきに賃金引き上げを発表した。それに遅れじと賃金引き上げを発表する企業が現れたが、その後が続かず息切れ状態になってしまっている。

話題にはなったが、庶民レベルまでが実感できるような効果はまるでなかった。安倍首相にしてみれば、実効より話題だけでよかったのかもしれない。話題づくりに貢献したマスコミも、息切れ状態については見ぬふりである。

4月19日には、官邸で米倉弘昌経団連会長など経済3団体の幹部と会った安倍首相は、すべての上場企業が女性の登用を進め、執行役員、取締役などの役員のうち1人は女性とするよう要請した。経済再生の主要な柱に女性の活用を掲げる安倍首相らしい要請である。もっとも、安倍首相が女性活用を叫ぶのは夏の参議院選挙における「女性票の取り込み」が狙いとの見方があることも言い添えておく。

その首相要請に応えるように5月29日、ソニーは武井奈津子法務部門長を日本人女性としては初めての業務執行役員SVP(シニア・バイス・プレジデント)に昇格させるという人事を発表している。ソニーとしては「首相要請に応えたわけではない」というだろうが、あまりにもタイミングがよすぎる。

■安倍首相はこれまでの図式を続けることができるのか

安倍首相が要請すれば即座に企業が応える、という図式がこれまでなりたってきたわけだ。参院選に向けて大きな宣伝になっていることは確かだ。

そして今度の安倍首相の企業への要請が、積極的な設備投資というわけである。これまでと同じなら、すぐに設備投資の計画を発表する企業が現れてこないといけないはずだ。そうでなければ、安倍首相は困ってしまうにちがいない。

しかし、安倍首相の吹く笛に踊る企業が現れるのかどうか疑問である。いや、踊れる企業があるのかどうか疑問なのだ。

期待感だけが先行する「アベノミクス」とやらの効果といわれた株高・円安も、肝心の参院選をまたず、すでに不安定な状況になっている。前述した安倍首相の要請に応えて踊ってみせた企業の動きも一過性の話題にしかなっていない。

つまり、実のところ、企業もアベノミクスとやらには半信半疑なのだ。5月10日にパナソニックは2013年度の業績見通しを発表したが、そこでの想定為替レートは1ドル=85円である。アベノミクスによる円高など信用されていない。

安倍首相の笛に踊る振りをする企業もあるけれど、それも振りにすぎない。おおかたの企業は、安倍首相の笛を疑心暗鬼で聞いているにすぎない。その本音があらわれて、今度の安倍首相の笛に踊りだす企業はいないのか、それとも本音を押し隠して踊ってみせるところが現れるのだろうか。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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