フクシマから去る権利も認めるべき

■福島原発事故はなかった?

目の前を、父親らしい若い男性が3歳くらいの女の子を抱き、楽しそうに話しながら通り過ぎていった。それを見ていたA氏が、「空気中の放射線量はかなり高いのに、平気で子どもを連れ歩いてる。信じられません」と悔しそうにつぶやいた。

実際、このあたりを線量計で測っていたのだが、毎時0.5マイクロシーベルト近くの数値を示すところも少なくなかった。東京都内の自治体では毎時0.25マイクロシーベルトを安全の指標にしているところが多いが、その倍近い放射線量だ。「そんな数値は、まだ低いほうですよ。毎時1マイクロシーベルトを超える場所だって、そこらじゅうにありますよ」と、A氏はいった。

ここは福島県内である。といっても、東京電力福島第一原子力発電所(福島第一原発)事故で避難地域に指定されているわけではない。原発事故後の現在も、原発事故が起きる前の日常生活が続いている場所なのだ。ただ、放射線量だけは事故前と比較にならないほど高い状態にある。

A氏の職業は教員だが、福島県から去る決心をかためた。「自分の子どもの安全を確保するためですが、同じくらい、ここで子どもたちを教えつづけるのが辛いからでもあります」と、去る理由についてA氏は語った。

「放射線が子どもの健康に悪い影響を与える可能性は高く、だからこそ場所にも食べ物にも気を配る必要があります。しかし、そんなことを子どもたちに話すと、『不安を煽るようなことはやめろ』と学校側に注意される始末です」、A氏はいう。

「ほんとうは福島県から離れたほうがいい。健康のことを考えたら、ここに居ちゃいけないんです。親を説得しようとすると、そっぽを向かれます」と、A氏。さらに、苦しげに続ける。「県外で新たな仕事や住居をみつけて生活していくのは簡単じゃありません。だから、子どもの健康のためには県外に出たほうがいいとおもっていても、実行できる親はごく少数です」

そして、A氏はいった。「だから、みんなが、事故はなかったかのようにふるまっている。そう考えるのが、いちばん楽なんですね。それは、私にはできません」

■成果のあがらない除染より優先すべきは避難

2011年3月11日の福島第一原発事故発生から現在まで、福島県から県外に避難した人の数は5万7000人を超える。その半数が津波で家を奪われたり原発事故で避難区域に指定されたために避難した人たちで、残りは「自主的に避難した人たちだと推定しています」と福島県庁避難者支援課では説明する。

つまり、先のA氏のように放射能の影響を危惧して福島県を去った人が、すでに3万人近くもいるというわけだ。こうした自主避難には、避難区域に指定されて強制的に避難した人たちと違い、金銭的な支援はない。

自主避難者に対する支援について県庁避難者支援課では、「住宅の提供と情報提供を行っています」と説明する。ただし住宅提供といっても、福島県が他県の住宅を借り上げて安い家賃で避難者に貸しているわけではない。他県に対して公務員住宅などの提供を要請するだけのことだ。情報提供も「こんなに復興が進んでいます」という内容で、早い話が「早く帰ってこい」という情報にすぎない。

つまり自主避難は、費用も含めてすべて自己責任で行わなければならないのが現実である。それはA氏も指摘していたように、すべての人ができるわけではない。だから、内心では我が子の放射線被害を心配していたとしても、「だいじょうぶだ」と思いこみ、振る舞うことで不安から逃れようとしているのだろう。

国なり県が本格的に支援するとなれば、自主避難は増えるにちがいない。無理に原発事故はなかったように振る舞う心理も薄れ、現状と正面から向き合う姿勢になれるはずだ。それが、福島の子どもたちの健康につながる。もちろん、大人の健康にも。

にもかかわらず国も県も、成果のあがらない除染には多額の予算を投入しながら、自主避難への支援には本気で取り組む姿勢をみせない。福島県が他県と比べれば圧倒的に放射線量が高い地域で占められているのは事実である。子どもたちの健康を守るためにも、国や県は福島県から去る権利を認め、自主避難者への支援に積極的に取り組むべきである。