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岸田-バイデンは「安倍-トランプ」以上になりえるか:所信表明演説にみる新時代の日米関係

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
所信表明演説をする岸田首相(写真:ロイター/アフロ)

 10月8日に行われた岸田新首相の所信表明演説では、日本の外交の安全保障の基軸は日米同盟であるとし、「日米同盟をさらなる高み」に上げると指摘した。中国の脅威が高まる中、現実的に、日米同盟を深めていくのが最善の選択肢であるというのがこの所信表明演説にもうかがわれる。ただ、気候変動についての協力など、アメリカの対中姿勢が今後変化する可能性もあるため、日本は注意深い外交を進める必要がある。

演説のポイント

 アメリカとの良好な関係を維持・促進しながら、日本独自の安全保障の努力をしていくことが今回の所信表明演説の外交・安全保障部分のポイントだった。半導体などのサプライチェーンの強靭化などの経済安全保障、ミサイル防衛の検討などの具体的な課題も演説に組み込んだ。アメリカだけでなく、自由民主主義などの同じ価値観を持つ欧州などの諸国と連携を深める「日米豪印4カ国(クアッド)」による連携や「自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)」などの日本発の安全保障のアイディアをさらに積極的に展開していくことも演説に盛り込まれた。

 岸田カラーを明確に示したのは、核軍縮や沖縄に対するさらなる負担は避けるべきといった内容の指摘だろう。特に首相就任直後の記者会見でも触れた「核兵器のない世界へ」という指摘は、首相が広島出身であり、どうしても含めたかったはずだ。日本の安全保障が核の傘で守られているため、「現実的というよりも理想に向かっての努力」とみる向きもあるが、方向性としてはオバマ元大統領の主張に重なるほか、「アメリカは核兵器による先制攻撃はしない」という民主党議員の中で頻繁に議論されている流れにつながる。

中国の脅威と日本の安全保障

 安全保障環境が一層厳しくなる中、今回の自民党総裁選では安全保障が大きなテーマとなった。敵基地攻撃やミサイル防衛、原潜などの様々な議論が各候補者の間で交わされた。かつては「安全保障=右派」というイメージすらあったが、いまは「安全保障を通じて平和を」というイメージが国民の間にも広く浸透してきた。

 この総裁選の流れを見れば、日米同盟の深化とともに、中国を意識した安全保障環境の整備の継続や経済安保が岸田首相のこの演説で前面に出てくるのは当然の流れといえる。菅政権からの継続性を重視し、外相、防衛相を留任させたのもその一環だろう。

高まる日本の戦略的重要性

 視点をアメリカ側に移したい。アメリカから見れば、日本の戦略的重要性はますます強まっている。中国の脅威が高まっている中、米中関係が複雑になれば、アメリカが安全保障上、頼れるのは同盟国で価値観も共有している日本である。上述のクアッドによる連携にしろ、「自由で開かれたインド太平洋構想」にしろ日本が提唱し、アメリカがそれを全面的に受け入れ、中国に対抗するアメリカの方針や国際的な仕組みに昇華させている。

 中国の脅威がより明確になってくる中、岸田政権の誕生も強く歓迎されている。通産官僚だった父の赴任に伴い、小学校時代にアメリカで学んだ経験を持つ知米派でもある。岸田首相は外相として(さらには短期間だが防衛相兼任として)、安全保障の最前線を統括してきたため、バイデン大統領とは接点も多い。

 岸田氏とバイデン氏はともに対話型の政治家であり、政策的にも性格的にも岸田-バイデン関係は「安倍-トランプ」以上になりえる組み合わせである。オバマ政権時代、副大統領だったバイデン氏とオバマ氏とは18歳年齢が違うがまるで年が離れた兄弟のような良好な関係だった。バイデン氏にとっては、14歳下の岸田氏もオバマ氏に重なるような重要なパートナーになるであろう。

アメリカの対中外交

 バイデン政権の外交は発足後、中国を最重要視しながら動いてきた。日米、日韓の首脳会談から始まり、欧州諸国、G7での外交的な連携強化という下地の上に、日米豪印4カ国(クアッド)の協力体制に加え、米英豪の新たな枠組みであるAUKUSという新しい軍事同盟を打ち出している。9月の拙速なアフガニスタン撤退の背景の一つが、撤退に対する世論の支持とともに、バイデン政権の安全保障のリソースを少しでもインド太平洋にシフトさせたいという狙いがあった。バイデン氏の国連総会での演説(9月22日)でも中国の名指しを避けているものの、改めて「領土変更には同盟国・友好国と共に立ち向かう」と強く主張した。

 アメリカにとって中国との貿易は不均衡であるだけでなく、通信機器などのモノの行き来が安全保障上の脅威にもなっていることはトランプ前政権が争点化した。バイデン政権は危険とみられる製品などのデカップリング(切り離し)の本格化を行っている。さらに、中国のチベットやウイグル、香港の人権問題があり、関係は全面的に悪化している。

「フレネミー」である米中の複雑さ

 ただ、日本として注意しないといけないのは、バイデン政権の安全保障・外交にとって中国は完全に敵(エネミー)ではなく、安全保障では仮想「敵(エネミー)」だが、既に経済相互依存状態であるため貿易などでは「友達(フレンド)」であり、競合状態となっている。

 安全保障では有事になりかねないで状況でも、友好関係も続く「フレネミー」の関係である。このあたりがかつての米ソ関係とは大きく異なる。

 貿易については、半導体のサプライチェーンはデカップリングしていくが、たとえば農産物の輸出入はみとめていくなど、細分化して関係を戻していくであろう。

 そもそも、日中関係も米中関係と同じ「フレネミー」であるため、このあたりの複雑さは似ている。

 ただ、特にバイデン政権が掲げている「ミドルクラスのための外交」というスローガンは日本にとってはやっかいになるかもしれない。このスローガンは外交において世論が重要であることを示しており、政治的分極化の中、特に支持層の民主党支持者の見方は重要になる。民主党支持者にとって気候変動問題は大きく、中国との協調は不可欠となる。バイデン政権下では、トランプ前政権時に始まった中国への強烈な締め付けから気候変動などでの米中協力の余地を探っていくという動きが今後、目立っていくであろう。

 バイデン氏と習近平氏は2月、さらには9月に2時間ほどの電話会談を行った。2時間という比較的長い電話会談はそれだけ対立点が多いということでもあるが、雑談を含めなければ成立しない。長年の人間関係ができているという印でもある。

岸田政権の今後の対応

 このように米中は対立ばかりではない。この動きを日本は見誤らないことが非常に重要であり、注意しながら、したたかなバランス外交を行っていく必要がある。 

 その意味で、所信表明演説の後に習近平氏と電話会談をしたのは、機敏な動きであるといえる。ただ、早期の日中首脳の電話会談が設定された背景には、米中対立が続く中で、日本との関係を良好にしたいという中国の狙いもある。腹の探り合いは続いていく。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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