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「保守永続革命」を狙うトランプ大統領の思惑が外れた4つの判決:最高裁判事人事が再び選挙戦の争点に

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
職場での性的少数者の差別を禁じる最高裁判決を歓迎する支援者(6月15日)(写真:ロイター/アフロ)

 アメリカの最高裁がトランプ政権の嫌がる判決を連発している。政権発足後の判事任命で保守派が多数となったはずだったが、大統領の思惑が大きく外れた形だ。「司法の独立が守られている」ともいえるが、11月の大統領選に向けての判事人事が再び争点になりつつある。

(1)司法積極主義と判事の党派性

 アメリカの最高裁は、憲法に基づいて違憲か合憲かを決める司法審査(judicial review、違憲審査)を頻繁に行うため、国の政策や社会的に重要な争点に介入する傾向が日本などの国に比べて強い。いわゆる「司法積極主義」の国だ。

 しかも、「保守系」「リベラル系」という判事の政治的傾向が極めて明確であるのもアメリカの司法の特徴である。政治的なのは、任命過程が大統領府と議会のバランス関係で決まるためでもある。最高裁の9人の判事は大統領が任命した後、連邦議会上院が承認する(憲法上は「助言と同意」で決める)。大統領が任命したい人物の中で、上院での厳しい公聴会で誰が通るかという政治的な駆け引きが大きなポイントだ。

 そして、大統領の任命と議会の承認を経た判事は実質的な政治のアクターとして重要な役割を担う。その判事の党派性が米国の政策の方向性を左右するのはいうまでもない。

 重要なのは実質、終身制であることだ。引退や議会で罷免されない以外は「善い行いをしている間は職務につくことができる("shall hold their offices during good behavior")」であり、日本のような国民審査もない。1度就任した判事は病気などでの辞任を決めるまで、30年以上勤める場合が多い。大統領は長くても2期8年であり、長期間務める最高裁判事の知名度は高く、一定レベル以上の大学生なら、9人の判事の名前だけでなく、イデオロギー的傾向も言い当てることができる。

 例えば、妊娠中絶、同性婚、死刑、信仰の自由、表現の自由、移民、銃を保持する権利、環境、プライバシー保護などの各種規制など保守派とリベラル派で割れるような「くさび形争点(wedge issues)」についての憲法判断の場合、判事のバランスが決定的な影響を与えることもある。

(2)「保守永続革命」を狙うトランプ政権での判事任命

 トランプ政権の発足時には、オバマ政権末期に亡くなった保守派のスカリア判事の後任としてトランプ氏は保守派のゴーサッチ判事を選んだ。

 この保守派4人、リベラル派4人、中道派が1人という最高裁のイデオロギー的バランス構成はクリントン政権のころからほぼ30年近く変わっていなかった。

 この数字から容易に想像できるように、中道派のケネディ判事がキャスティングボートを握ってきた(ケネディ判事は共和党のレーガン政権の1988年に任命・承認されたが、比較的自由に裁定をする傾向で知られてきた)。

 しかし、2018年夏、たった1人だった中道派のケネディ判事が引退を決めたことでバランスが崩れる。トランプ政権では保守派のカバノー氏を任命した。同年秋の承認公聴会はカバノー氏の高校時代のセクハラ問題が蒸し返され、告発者の発言やカバノー氏の反論など詳細に連日テレビ中継され、大きく揺れた。

 カバノー氏への反発の背景に、ほぼ30年近く変わっていなかった最高裁のイデオロギー的バランス構成が変わり、「5対4」で保守派が優勢となるというリベラル派の危機感があったことは否定できない。何といっても上述のように1度選ばれてしまえば、任期は終身で約30年間は判事の座にとどまるのが一般的だ。

 一方で、最高裁がこれまで行ってきた同性婚、妊娠中絶などについてのリベラル的な判決に強い不満を表明してきたキリスト教福音派はカバノー氏の承認を強く訴えた。いうまでもなく、福音派はトランプ氏の支持母体であり、トランプ政権を生んだ原動力は国民の3割弱ともいわれるこの宗教保守の結束だった。

 結局、上院は同年10月7日に「賛成50、反対48」の僅差でカバノー氏の任命承認を行った。これによって過去50年間の様々な多文化的な政策が覆されていく流れが予想された。福音派勢力に有利な判決だけでなく、保守派が訴えてきた規制緩和や州権なども最高裁が好意的に裁定するのではという見方も強かった。

 トランプ政権は最高裁だけでなく、連邦地裁や連邦高裁(控訴裁)の判事任命もこれまでの各政権よりも早いペースで進めてきた。それには保守派法曹団体の「フェデラリスト・ソサエティ」の影響力も強いといわれている。いずれにしてもトランプ大統領は意図的に司法に保守系判事を送り込もうとしてきた。

 最高裁(や地裁、高裁)での保守系判事任命を通じ、トランプ大統領にとっては、自分の任期を大きく超え、「トランプ後」までもみすえた永続的な「保守革命」を狙ってきた。

 トランプ氏の支持母体であるキリスト教福音派は、最高裁がこれまで行ってきた同性婚、妊娠中絶などについてのリベラル的な判決に強い不満を表明してきた。それもあって2016年の大統領選の期間中から、減税などの政策以上に最高裁判事の任命人事は重要な争点だった。トランプ政権を生んだ原動力は国民の3割弱ともいわれるこの宗教保守の結束に他ならない。カバノー氏の判事任命で、保守化に有利な判決が続く「保守永続革命」が達成されたような雰囲気すらあった。

(3)大統領の思惑とは異なる最近の4つの最高裁判決

 カバノー氏の任命承認から1年半。その後の最高裁はだいぶトランプ大統領の思惑とはずれてしまった感がある。

 特に、2020年の6月から7月にかけての最高裁の4つの判決はトランプ氏にとっては怒り心頭だろう。

 まず一つ目は、6月15日の性的少数者に対する最高裁判決である。最高裁は同性愛や心と体の性が一致しないトランスジェンダーを理由に企業が解雇したことが職場での性的少数者の差別に当たるとして、これを禁じる判断を示した。最高裁は性別や人種、宗教などを理由にした職場差別を禁じる公民権法が性的少数者にも適用されると判断した。

 日本からみれば「当たり前」の判決のようにみえるが、性的少数者の権利に否定的な福音派が多い南部諸州では雇用面で性的少数者の権利を保護する枠組みが進んでいない。判決は賛成6、反対3で、保守派判事のロバーツ長官とゴーサッチ判事が賛成に加わり、残る保守派3人が反対した。

 2つ目は6月15日の幼少期に親に連れられて米国に不法入国した若者「ドリーマー」の在留を認める措置(DACA:Deferred Action for Childhood Arrival)について、トランプ政権が計画している撤廃を阻止した最高裁判決だ。DACAはオバマ前政権下で2012年に導入された制度で、67万人の不法移民を強制送還から保護している。

 この判決は賛成5、反対4。キャスティングボートを握ったのが、ここでもロバーツ長官でリベラル派4人に加わった。多数派判決についての意見として、ロバーツ長官は「DACA撤廃は恣意的であり、一貫性に欠ける」として説明している。

 トランプ大統領はこの判決に対して「目に余る判断。政治色が濃い」「誇り高い共和党員や保守派を前にショットガンで銃撃を浴びせるような行為だ」「最高裁は私を好きではないのだろうか。そう思わないか」などとツイートしている。

 3つ目も福音派にとっては予想外の逆風となった判決である。最高裁は6月29日、人工妊娠中絶を大幅に規制するルイジアナ州法を認めず無効とする判決を下した。人工妊娠中絶を合憲とした1973年の「ロウ対ウェード」判決を維持した形となった。福音派にとっては、保守系5人とリベラル系判事の数をようやく上回り、この判決を通じて同様の人工妊娠中絶に厳しい州法の合法化が進み、一気に中絶規制がすすむはずだった。しかし、ここでも「保守」とみていたロバーツ長官が、リベラル系判事4人と共にルイジアナ州法を認めない判断に回り、目論見が崩れた。

 トランプ氏にとって個人的にも痛かったのが、4つ目の7月9日のトランプ大統領の納税記録をめぐる判決である。「現職大統領には犯罪捜査からの絶対的な免責特権がある」とのトランプ氏の主張を退け、最高裁は「トランプ氏はニューヨーク検察当局に納税記録を開示しなければならない」との判断を下した。判断は7対2で、保守系からはロバーツ長官だけでなく、トランプ氏自身が任命したゴーサッチ、カバノー両判事も開示に賛成している。

 何といってもロバーツ長官が「保守系」の中では極めて自由に裁定をする傾向が明らかになったことが大きい。すでに同じく共和党政権の時に任命されたケネディと同じように、「中道」の一人としてみた方が現実的かもしれない。

 つまり、「保守派:トーマス、アリトー、ゴーサッチ、カバノー」「リベラル派:ギンズバーグ、ブライヤー、ソトマイヨール、ケーガン」「中道派:ロバーツ」という構図である。

 ロバーツ氏の中道的な傾向は過去にもあった、例えばオバマケアをめぐる2012年の最高裁判決の際には保守派のロバーツ長官がオバマケアを擁護している。

 任命した大統領とは異なる判決を行うことは、アイゼンハワー大統領が任命したウォーレン判事がリベラル路線を強く打ち出したように、過去にもいくつも例はある。「司法の独立が守られている」ともいえるが、いずれにしろ思惑が外れて、苦虫をかみ潰したような顔の大統領が想像できる。

 最高裁は2020-21年会期開始の10月5日まで、夏休みだが、「ゴーサッチ、カバノーの指名は正しかったのか」という議論も保守派からは起こる中(「ディープステートが送りこんだ似非保守」という陰謀説すらある)、9人の判事をみつめる世論も次の会期開始には変わる部分もあるかもしれない。

(4)更なる争点化

 ただ、トランプ大統領は11月の自らの再選に向けて再び判事任命を大きく争点化しようとしている。「バイデンが選ばれたら、リベラル的な判決が続く時代に逆戻りだ」というのがトランプ氏のメッセージだ。

 リベラル派の4人のうちの1人であるギンズバーグ判事も87歳と入退院を繰り返しており、いつ退任してもおかしくない状況である。同じくリベラル派のブライヤー氏も81歳と高齢だ。また、「中道」化しつつあるロバーツ長官の健康不安説も浮上し始めている。さらに保守派では最高裁判事就任以来、29年目と最も長いトーマス判事の引退の可能性も指摘されるようになった(年齢も保守の中では72歳と最高齢)。

 トランプ氏が再選した場合、引退する判事の席を明確な保守派にすることで、トランプ氏が考える「保守永続革命」が成功する可能性もある。「多数派になったはずなのに」と肩透かしの福音派を含む共和党支持者にとっては、ますますトランプ支持を強める可能性もある。

 アメリカの政治や社会を一変させる可能性がある最高裁判事人事も大統領選挙の行方が握っている。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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