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武装市民が押し寄せた「反ロックダウン運動」への違和感

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
ミシガン州議会の議事堂内に立ち入った「反ロックダウン運動」の参加者たち(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス感染対策として導入されたロックダウン(都市封鎖)延長の是非を巡り、意見が分かれるアメリカで、反ロックダウン運動が注目を集めている。特に、衝撃的だったのが、武装市民が州議会に押し寄せた映像で注目を集めることになったミシガン州のケースだ。

 4月30日のデモは100人以上が、同州議会の議事堂内に立ち入った。肩が触れ合うほどの密着状態の中、マスクをつける人はほとんどいなかったと伝えられている。マシンガンなどの銃火器の不気味さとともに、マスクなし、距離感なしの画像は衝撃的だ。

感染被害が多い州でなぜ

 ただ、ミシガン州の感染死者数は5月1日現在、約3700人とニューヨーク州(2万3000人)、ニュージャージー州(7200人)に続き、全米でも3番目に多い。

 なぜ、感染被害が多い同州で過激な「反ロックダウン」の運動がおこったのか。そこには明確な政治的な背景がある。

「人工芝運動」

 今回の運動は「草の根運動」にみえる部分もあるものの、「コンベンション・オブ・ステーツ」や「フリーダムワークス」らの保守系団体や、保守系ネット放送「インフォウォーズ」のアレックス・ジョーンズら、保守派の中でもかなり目立つイデオローグたちが巧妙にソーシャルメディアを使って、情報を提供しながら、参加者をつなぎ、動員を支えている。

 そのため、今回の運動は「草の根」ではなく、上からの作られた運動という意味で「人工芝(アストロターフ)運動」と揶揄されている。

 特に、トランプ大統領の発言と運動の動きはかなり密接に連動しており、トランプ大統領の選挙陣営の関係者が動員に関与しているとみられている。大統領が4月17日に「開放しろ」とツイッターで呼びかけたミシガン、ミネソタ、バージニアの3州がターゲットとなった。

 なぜ、この3州だったのか、この3州に共通するのは、いずれも民主党が知事であることだ。特にミシガン州のウィットマー知事はコロナ対策でトランプ大統領を強く非難しているだけでなく、事実上の大統領候補となったバイデン氏の副大統領に選ばれる可能性も少なくない民主党のホープである。秋の選挙を考えると、ウィットマー知事をたたいておきたいのは、保守派の強い願いでもある。

 秋の選挙に関連して言えば、この3州はいずれも民主党と共和党がしのぎを削る全米10ほどの「激戦州」の一つである。「反ロックダウン運動」に対する賛同者もそれなりに少なくない。4月15日から16日にかけてミシガン州のデトロイト地区商工会議所が行った調査によると、同州でウィットマー知事のコロナ対策を支持するのは57%、支持しないとしたのは37%だった(1)

複合的な「保守運動」

 今回の運動に参加している人たちを見ていると、単なる「経済活動をする自由」を求める運動ではなく、複合的な「保守運動」であることが分かる。参加者が武装していたように、銃規制反対の運動でもある、そもそもミシガン州は公的な場で銃を見えるように持ち歩くことを認めている「オープンキャリー」州である(やはりターゲットとなっているバージニア州も「オープンキャリー」州である)。また、妊娠中絶反対運動のプラカードを持って運動に参加している映像も別の州の運動で何度も見た。

 どこの州の運動でも、白人ばかり。女性もいないことはないが、圧倒的に屈強そうな男性が多い。

どこかで見た光景

 筆者にとって今回のロックダウン運動は、どこかで見た光景だ。2010年に一気に広がったティーパーティ運動とそっくりだからだ。

 私は同年9月11日にワシントンで開かれた大規模集会を含め、全米各地のティーパーティ運動の集会を訪れた。そこに参加していた人たちと今回の全米各地での反ロックダウン運動の映像に登場する人々が極めて似ている。圧倒的に白人男性が多く、しかも大男ばかりだ。

 見た目だけではない。ティーパーティ運動がまさに「人工芝運動」である。上述の「フリーダムワークス」らの保守系団体がソーシャルメディアを使って、動員を強く支えた。2010年11月の中間選挙での共和党の「ティーパーティ議員」(ティーパーティ運動に共鳴する保守議員)らの躍進につながっている。

 ティーパーティ運動の場合は運動名を「Tax Enough Already=TEA」の頭文字から取ったように、本来は反増税運動(あるいは当時立法化が進められていたオバマケアに対する反発)だが、「妊娠中絶は子殺し」と連呼する福音派が数多く参加していたのに驚いた。バージニア州などのオープンキャリー州では一緒に移動した電車の中でもベルトにつけた銃があまりにも大きく、横で一緒に話をしながらどうしても気になった。もちろん、話は銃規制に飛ぶ。白人ばかりのティーパーティ運動の参加者に広く共有されていた、オバマを『バットマン』のジョーカーにみなした合成写真に人種差別的な何とも言えない雰囲気を感じた。

 「反増税」という名の複合的な保守運動だった。

 ティーパーティ運動の分析でも知られている政治学者シーダ・スコチポルは、今回の反ロックダウン運動について「草の根運動の動きもみえるが」といいながら。「今回の方が上からの動員にみえる」といいティーパーティ運動との共通点を指摘している(2)。

ぬぐえない違和感

 ティーパーティ運動と同じように反ロックダウン運動に参加する人以上に、動員しようと狙う団体やイデオローグたちの狙いが見え隠れする。ただ、ティーパーティ運動よりも強い不快感を持ってしまうのは、政治的な理由で動員する側の意図だ。言葉は悪いが、抗議者に参加した人たちの安全は「捨て駒」にして、自分たちの政治的な目的を達成しようという部分がみえるところである。

 「好景気の大統領」という形容詞を失った今、秋に向けてのトランプ陣営にとって、もちろん感染収束・経済再開がまずは大きな争点であろう。アメリカの場合、州によっての感染の状況の差が大きい。感染が限られる州の多くが2016年にトランプ氏が勝利している州(海外との接触が多いような大都市が少ない州)だ。大統領にとっては、感染が限られる州を代弁し、「経済再開」を訴えるのは選挙をにらむと合理的な行動ではある。

 ただ、それでも今後感染が広がる兆候があるため、「容認」が果たして政治的に正しいのかは何とも言えないところかもしれない。特に、激戦州の場合、上述のミシガン州のように州の中でも都市部では既に感染が最悪の状況だ。「Make America Great Again」と書かれた例のトランプ大統領を支持する赤いMAGA帽子をかぶって「反ロックダウン運動」に向かう参加者もいる。もし、これで今後感染がさらに広がった場合、大統領にとっても大きなつまづきにもになりかねない。

(1)https://www.detroitchamber.com/micovidpoll/

(2)https://www.vox.com/policy-and-politics/2020/4/22/21227928/coronavirus-social-distancing-lockdown-trump-tea-party

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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