Yahoo!ニュース

イラン司令官殺害:現時点の分析と今後の展開

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
イラン司令官を殺害したことを会見するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

なぜ殺害をしたのか

 昨年末の在イラク米大使館への襲撃、そしてその後のデモはアメリカ国内で非常に大きく報じられた。2012年のリビア・ベンガジでのアメリカ在外公館襲撃事件を当時のオバマ政権やクリントン国務長官の大失態と非難し続けてきたトランプ氏や、当時下院議員でベンガジ問題追及の急先鋒だったポンペオ国務長官にとっては、イラン側からさらに大きな攻撃があるのをこれ以上看過できなかったのではないかと考える。「イランに弱い顔は見せられない」とし、イラン問題を放置すれば再選に影響すると見て、今回のスレイマニ氏殺害という大きな決断をしたのかと想像する。

 攻撃直前のエスパー国防長官の「イランをめぐる状況は一変した」という言葉から、すでに司令官殺害に向けて動いていたはずである。

 これまで戦争介入を避けてきたトランプ氏だが、一転して大胆な作戦といえる司令官殺害で「強いアメリカ」を誇示する狙いもある。「強さ」に共鳴する支持者を固めようというトランプ氏の狙いもあるだろう。

 また、一連の動きはイラク革命につながる1979年の在テヘラン米大使館員人質事件を想起させるものである。当時、「弱腰」の対応でカーター大統領が再選できず(だいぶ内容は軽くなったが、ABCの「ナイトライン」は人質問題をきっかけにできた報道番組で連日「人質問題発生から〇〇日」と報じ、大きな話題となった)。イランの報復予告に対して、トランプ氏は「52カ所に報復」といっているのは、報じられている通り、在テヘラン米大使館員人質事件のアメリカの人質の数であることを考えると、今回の動きには79年の残像がみえる。再選を狙うトランプ大統領としては当時の記憶はいまだに痛烈なのかと思われる。

 いずれにしろ、ブッシュ、オバマの歴代米政権はイランとの全面戦争につながる懸念から機会はあってもスレイマニ氏を殺害しなかったといわれており、その意味では「大胆な政策」(悪く言えば「素人外交」)だが、それがどのような結果を生むかは、まだ何とも言えないところである。

大規模紛争の可能性

 いかにも攻撃的なレトリックとは異なり、上述の通り、トランプ政権はこれまではオバマ政権と同じで軍事的オプションを避けてきた。実際、トランプ氏の選挙集会で最も盛り上がるのが「兵士を戻す」という海外からの撤退部分である。本格的な紛争は自分の再選にはマイナスと考えているはずである。

 大きな紛争を回避したい方向性と「強いアメリカ」を誇示したい方向性のどちらが今後大きくなっていくのかは、スレイマニ氏の喪が明けた後のイラン側の動き次第かもしれない。イラン側も報復は行っても兵力で大きく劣るアメリカとの全面戦争は自殺行為でもある。

 トランプ氏が「米国人攻撃なら52カ所に報復」と脅しているのは、強さのアピールとともに報復を防ぎたい抑止の狙いがあるのはいうまでもない。

弾劾裁判への影響

 イラク米大使館では撤退指示が出る中、実際に大規模な報復があった場合、上院での弾劾裁判どころではなくなるかもしれない。ただ、今のところ、アメリカ国内での今回の司令官殺害についての意見は党派的に分かれている。共和党側が「アメリカなどを狙ったテロの首謀者を罰した」とおおむね支持、民主党側は「議会への通告なし」「大きな紛争を生む可能性がある」という観点からの非難も目立つ。

 この意見の分断もあり、民主党側としても弾劾裁判での疑惑追及の手を緩めるべきではないという声も数多い。一方、共和党側はイランとの紛争の可能性に関連し、弾劾裁判そのものを早急に終わらせて「無罪放免」に持ち込みたいという狙いも顕在化してきた。

北朝鮮問題への影響

 今回の司令官殺害は北朝鮮の金正恩氏にとっても他人ごとではない。何かあればアメリカは平然と政権のトップの殺害を行うという事実は金正恩氏にとっては脅威をもって迎えたであろう。想像し難かったイランのトップ2の殺害はブラフではなかった。

 2018年6月のシンガポール会談以降、トランプ政権は北朝鮮に対してはそれまでの強硬姿勢を改め、金正恩氏との対話を常に模索してきた。ただその結果、北朝鮮にミサイル開発、核開発の時間的猶予を与えてしまって、今日に至る。もし、ICBM開発、核開発でアメリカが望まないレベルまでに達した場合、トランプ政権は本気で介入する可能性を今回の司令官殺害で示した。その意味で北朝鮮の今後の政策に変化が出てくるかもしれない。その意味で、北朝鮮にとっても抑止効果があるだろう。

 一方、もし、アメリカとイランとの間で大きな紛争が起こった場合、2カ所で同時に戦争を行う余裕はアメリカにはないかもしれない。そう考えると北朝鮮にとっては追い風とみる可能性もあろう。

 いずれにしろ、金正恩氏にとってもイラン情勢は文字通り死活的な問題になりかねない。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

前嶋和弘の最近の記事