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中間選挙で変わるトランプ政権の外交・安全保障政策

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授、学部長
「壁を完成させろ」などと主張する共和党支持者(11月5日、オハイオ州にて)(写真:ロイター/アフロ)

 中間選挙の結果を経て、アメリカの外交・安全保障はどう変わるだろうか。外交・安全保障は大統領の専権事項であるため、選挙結果が及ぼす影響は内政ほどではないが、それでも着実な変化はある。それを考えてみたい。

中間選挙と外交

 11月6日の中間選挙では上院は共和党が多数派を維持、下院は民主党が制するねじれの形となった。アメリカ政治でいうところの「分割政府」だが、この点はおそらくトランプ氏の「想定内」だったのではないだろうか。民主党が下院で多数派となったが、下院で「野党平均」の30増を超えているが、さらに議席を伸ばすはずだったという指摘もある。共和党は上院で議席増となったことで、民主党も共和党も上下院共に圧勝したわけではなく引き分け感のある結果だ。

 「引き分け」でも中間選挙の結果がトランプ政権に与える影響は様々ある。特に、ねじれることで内政は大きな影響があり、予算を含む様々な法案の膠着化も予想されている。

 外交・安全保障は大統領の専権事項である。そのため、今後2年は基本的にはトランプ政権が進めてきたベクトルは変わらない。それでも明確な影響はある。

 民主党主導議会からの牽制と考えられるものを3つ、トランプ政権の外交・安全保障政策そのものの変化と考えられるものを2つ、例示したい。

民主党主導議会からの牽制

(1)予算への圧力

 アメリカでは予算は大統領の要求案はあるものの、これは徹底的に議会に書き換えられる。特に、トランプ政権になって大型減税のほか、安全保障予算も格段と増えた。現在、財政赤字が目立っているため、下院多数派となった民主党の予算編成はトランプ政権の安全保障にもメスが入るだろう。トランプ政権の1期目前半に増額した国防予算が減らされる圧力も民主党側から増えてくる可能性もある。これまでは財政均衡といえば共和党の十八番だったが、今度は民主党側が主張するようなこれまでとは別の動きが出てくるかもしれない。

 メキシコとの国境問題であった「壁」建設は民主党が下院で多数派となったため、きわめて難しくなった。一方で、ホンジュラスなどからの移民キャラバンの問題は民主党支持者にとっても複雑な問題となっているため、対抗は難しい。

(2)政権の諸外国との合意批准への冷や水

 トランプ政権が行った新しい貿易合意に対して、その批准を民主党主導議会が遅らせていくような動きも出てくるかもしれない。

 例えば、トランプ政権は北米自由貿易協定(NAFTA)を見直し、アメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)という改定協定に合意した。ただ、この発効には議会の批准が必要で、民主党の協力が欠かせない。

 そもそもNAFTAを成立させたのが民主党のクリントン政権であったため、もし暗礁に乗り上げて協定がなくなるようなことは民主党としても避けるだろう。そのため、同意するのが前提だが、それでも民主党としてはトランプ政権に簡単に手柄を与えるようなことはしたくないだろう。批准について、いろいろな条件を付けたりして、「トランプ色」を薄めていくのではないだろうか。

(3)頻繁な調査や公聴会への呼び出し

 外交政策上に重要な案件での議会調査や公聴会への呼び出しなどの手法も頻繁に使われるようになるかもしれない。

 例えば、これまで以上に外交でも人権が前に出てくるかもしれない。というのも、トランプ政権と民主党の外交上の考え方で大きく違うのが、人権についての見方であるためだ。

 トランプ政権は比較的人権を外交政策上で高く位置付けていないが、サウジアラビア人記者殺害事件でも、サウジとの同盟関係に配慮し、過度の批判を避けるトランプ政権の対応を糾弾していくような局面があるかもしれない。議会側が人権関連の公聴会などを開き、調査を行うことも増えるかもしれない。

 調査や呼び出しについては、例えば、北朝鮮政策について、これまではかなり秘密裏に行われた交渉などについて、関係者が議会公聴会に呼び出され、説明を要求される場面も出てくるかもしれない。特に、北朝鮮との交渉で具体的な成果が見られなければ、議会側のフラストレーションも高まるため、頻繁な公聴会が開かれる。

 2006年の中間選挙で上下両院の多数派が民主党に変わった際には、イラク戦争についての「犯人探し」の公聴会が連日開かれるようになった。非常に厳しいもので、イラク戦争に対する厳しい世論が高まっていった。安全保障に対する予算に対する見直しも進んだ。「イラク戦争に反対をしなかった」ことで「反戦議員」として1期目にもかかわらず大きく注目されたオバマ上院議員が民主党の大統領候補に上り詰めるきっかけとなったのもこの時期である。議会の多数派交代が外交政策を大きく揺るがしていった。

トランプ政権の外交・安全保障政策そのものの変化

(1)変化の早さ

 「分割政府」で内政は停滞する。その場合、トランプ大統領は、比較的自由の利く外交でポイントを稼がなければならない。

 ただ、トランプ氏の行動原理には2020年の再選があるため、個々の外交や安全保障の再選に寄与するか否かを基準に判断するようなことも多くなる。つまり、外交・安全保障の政策そのものの変化が極めて早くなってくる可能性もある。

 政策そのもののベクトルが極めて不安定になる典型的なものが、中国との貿易問題だろう。

 中国については、安全保障上の脅威であるという認識がここ1年の間、ワシントンでは党派を超えて広く共有されるようになった。それを象徴するのが、10月上旬のハドソン研究所でのペンス演説であり、「米中新冷戦」という言葉も定着しつつある。そのため、安全保障については厳しく対処する方向性はおそらく変わらない。それは有権者が望む声であるためだ。

 ただ、有権者はわがままでもある。もし、自分の懐具合に直結するようなことがあれば、安全保障の原則よりもそろばん勘定を重視する。この有権者の声に合わせるため、経済と安全保障の問題を分けて交渉を進める可能性もある。

 例えば、いまのところ、トランプ大統領は否定しているが、11月末に開かれる米中首脳会談で、少しずつ妥協に転じる可能性もある。もし中国の知財管理の改善や「中国製造2025」の書き直しなどが入ってくれば、トランプ大統領が再選への「加点」になると考えるかもしれない。そうなると、関税を部分的に低くするような妥協もありえる。中国は安全保障上の脅威であるとの認識はかわらないまま、経済面でのいくつかの妥協が米中で進んでいく可能性もある。

 中間選挙の結果を経て、外交でのポイントがさらに必要となったトランプ政権にとってすでに話し合いが始まっている北朝鮮問題は日本が思う以上に早く妥協する可能性もある。北朝鮮に非核化を約束させ、アメリカ国民に「ミサイルはもう飛んでこない」と訴えることができる状況を作れればよかったため、中間選挙対策としては6月12日の米朝首脳会談の成果で十分だった。ただ、今後は2020年の再選に向けてポイントを稼ぐべく、北朝鮮に査察を認めさせるなどの手は順次打っていくとみられる。3月に予定される米韓合同軍事演習は「軍事的圧力」であるため、北朝鮮としてもその前にアメリカと話を進めたいはずである。そうなると1月にも米朝首脳会談が行われる可能性がある。

 この変化の速さを日本は注視し、拉致問題の進展を的確に働きかけていかなければならない。

(2)より強硬姿勢になる可能性

 対日政策についても内政が動かない分、トランプ政権は余計に強硬に出てくる可能性がある。日本との通商交渉では、高関税をちらつかせながら、2国間交渉の場で強い要求をしてくるだろう。アメリカが望む本丸であるところの自動車の対米輸出規制なども切り込まれる可能性もある。日米同盟は同盟関係であり、トランプ氏と安倍首相は良好な関係だが、「友情と貿易は別」といういつものトランプ氏の言葉以上の不確実性に日本が直面してしまう可能性もある。

 日本と同様により強硬姿勢になる可能性があるのがイラン問題である。対イラン政策については、共和党支持者の中でも福音派が強く指示をしている。トランプ氏の再選には福音派の支持が欠かせない。そのため、トランプ氏は大統領就任以降、保守判事の任命やエルサレムの首都移転など、福音派の願う政策を実現させてきた。内政が動かない分、イランへの圧力が継続・強化されていくと考えるのは論理的だろう。

上智大学総合グローバル学部教授、学部長

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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