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トランプ政権の命運を左右しかねない白人至上主義事件

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
滞在先のトランプタワーで会見するトランプ大統領(2017年8月15日)(写真:ロイター/アフロ)

 アメリカ南部バージニア州で白人至上主義などを掲げるグループと、これに抗議するグループが衝突するなどして30人余りが死傷した事件についてのトランプ大統領の記者会見での発言が波紋を呼んでいる。大統領はなぜ「双方に非がある」といったのだろうか。その背景とともに、今回の対応が今後どのような影響を生むのか考えてみたい。

(1)白人至上主義の「メインストリーム化」

 8月12日に起こった今回の事件の場合、問題だったのが、南北戦争の南軍司令官ロバート・リー将軍の銅像の撤去計画に反対することを名目で全米から結集した白人至上主義団体が最初から武装化していたことであろう。最初からかなりの騒ぎを作り出そうとしていたはずである。

 「白人至上主義」という言葉は非常に強い言葉であり、単なる「ちょっとした差別感」とは異なる。白人は神に選ばれた人種であり、それ以外は劣等な悪魔の子であるという見方である。白人至上主義者のグループにはKKKやネオナチがあり、全米的には数的には非常に少ないものの、トランプ大統領の支持基盤の中にはそういった人たちもいるのは確かである。

 白人至上主義デモに反対していた女性を車でひき殺した若者は「オルトライト」と自称している。「オルトライト」という言葉はかなり包括的だが、その中に白人至上主義者が含まれている。今回のデモには「オルトライト」運動の主導者であるリチャード・スペンサー氏も参加していた。

 今回の事件ではナチスドイツの敬礼をまねて「ヘイル・トランプ」と叫んで行進した白人至上主義者の姿は衝撃的ではあった。行進の際には、昨年の大統領選挙の際のトランプ氏の代名詞となった「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)と書いた赤い帽子をかぶっていた人も少なからずいる。

 白人至上主義者というレッテルはアメリカ社会では忌み嫌われる存在であった。この表立って発言できなかったような人たちが、トランプ氏の当選とともに、メインストリーム化し、今は声を出せる状況になりつつある。いずれにしろ、多文化主義の流れが過去40年間次第に強まっていく中、それに抗う人々の反作用ともいえる。

(2)トランプ発言のブレ

 トランプ大統領は昨年の選挙戦中、白人至上主義団体のKKKのデューク元最高幹部との関係をきっぱりと否定していた。これは「白人至上主義者」のレッテルを張られたくないためである。ただ、今回の事件についてのトランプ氏の記者会見での発言はブレにブレていた。

事件直後の12日の記者会見で「憎悪や偏見、暴力を可能な限り強い言葉で非難する」などと述べたが、白人至上主義者を名指しで非難しなかった。批判が不十分だとの声が噴出していたため、14日には「人種差別は悪だ」としたうえで、白人至上主義者などを初めて名指しで非難した。しかし、翌15日の会見では「白人至上主義者らと反対派の双方に非がある」と蒸し返した。

 このグループに対して「双方に非がある」とする場合、「抗議している人たちがKKKやネオナチなどと一緒だという認識か」ということになってしまう。アメリカのニュースでの議論の中には「放火犯で片方は放火犯を捕まえようとしている人に対して、どっちも悪い。喧嘩しちゃダメだというのは、放火犯に加担することだ」というものもあった。

 「双方に非がある」と3回目の記者会見で発言した意図は、それだけコアとなる支持層が崩れることを気にしたとしか、考えにくい。原稿を読み上げた前日の会見とは異なり、アドリブであった。ただこの発言はあまりにも想定外でケリー首席補佐官らスタッフ全員が驚いてしまったらしい。

(3)「トランプ連合」が崩れるきっかけになる可能性も

 トランプ支持層には、従来の共和党支持の「小さな政府」「宗教保守」の人が数的には多く、その中に昨年の選挙でのトランプ勝利の象徴となった「怒れる白人たち」(白人ブルーカラー層)も少数だが含まれている。

「小さな政府」+「宗教保守」+「怒れる白人たち」という「トランプ支持連合」はこれまで、日本での予想以上に堅調だった。就任して200日(8月7日)前後の各種世論調査では、トランプ氏の支持率は全体では4割を切ってしまうほど非常に低いが、共和党支持者内のトランプ氏への支持は7割を超えており極めて堅い。

 しかし、白人至上主義者のデモもそれに反対するデモの「双方に非がある」という今回のトランプ氏の発言の場合、もしかしたらこのトランプ連合が崩れ、支持者が離れていく可能性もある。

 というのも、ネオナチやKKKの場合、アメリカでも圧倒的多数の人々からはかなりの嫌悪感とともにみられている。従来の共和党支持の「小さな政府」「宗教保守」の人は特にそうであり、「ブラック・ライブス・マター」などのリベラル団体の近年の言動の過激化にはついていけない人たちがトランプ氏を支えてきたが、武装化した白人至上主義者にはもっと耐えられないはずだ。「怒れる白人たち」の中で「ポリティカル・コレクトネスなどは建前」といっている人々にとっても、ネオナチやKKKを支持する人は多くはない。

(4)トランプ政権の命運を左右する可能性

 ロシアゲート疑惑についても、動きもあるかもしれない。下院から弾劾の手続きは始まるが、下院では共和党が40議席以上、上回っている。これまで共和党支持者(つまり自分の支持層)からのトランプ支持が極めて高かったため、共和党の各議員は自分の政党の大統領に失点を与えようとする方向にまで動くことは考えられなかった。しかし、もし、共和党支持者がトランプ離れをすると、現状ではかなり遠い先に見える弾劾手続きも動いていく可能性すらある。

 ロシアゲート疑惑とかでもびくともしなかった「トランプ連合」が崩れた場合、一気にトランプ政権そのものの命運が変わってくるかもしれない。

 そう考えてみると、今回の白人至上主義デモでの衝突事件との対応はトランプ大統領にとって最大の失点になるかもしれない。逆に今回の事件を乗り越えて、共和党支持者内のトランプ氏への支持が高止まりするとすれば、それこそ「支持基盤が極めて強い大統領」なり、それだけ「2つのアメリカ化」が進んでいるといえる。

 まずはこの事件にどのように支持者が反応するかに注視したい。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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