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加齢による難聴、認知症のリスクに 若いうちの「爆音」音楽に注意を

前田陽平耳鼻咽喉科専門医、アレルギー学会認定専門医
難聴から認知症?気を付けないといけないことは?(写真:アフロ)

皆さんご存じのとおり、年を取ると耳が遠くなります。

最近の研究では耳が遠くなると認知症のリスクになるということも言われています。

補聴器を付けないとだめでしょうか?」

年を取って難聴にならないために気を付けることはありますか?」

「家族の耳が遠くなってきましたが、補聴器を買ったのに着けてくれません

「職場や家庭で耳の遠い人がいるのですが、耳が遠い方に話しかけるときのコツはありますか?」

というような質問もよく聞きます。

こういった質問の答えがこの文章に入っています。

難聴は認知症のリスク

年を取れば耳が遠くなるのは老化現象であり、ある意味当然のことです。最近では、難聴は認知症のリスクとして重要とされています。難聴がなければ9%の認知症を減らすことができるとされています(※1)。「健康寿命」を伸ばすことが大事、という観点からも年齢に伴う難聴である「加齢性難聴」に対応することはとても大事なことです。

加齢性難聴はすごく多い

日本でも、難聴の有病率は65歳以上で急激に増加し,75~79歳では男性71.4%、女性 67.3%と報告されています。(※2)

※1 Livingston G, et al.: Lancet 2017; 390: 2673-2734.

※2 内田育恵,他 日本老年医学会雑誌 2012; 49: 222―227

年を取って耳が遠くなるのはなぜでしょう?

年を取って耳が遠くなる理由。これを理解するためには簡単に耳の聞こえの仕組みを理解する必要があります。

音は振動で伝わるということはご存知の方も多いでしょう。

音は外耳道を通って鼓膜を揺らし、鼓膜の先の小さい骨(耳小骨)を揺らして、その振動を内耳に伝えていきます。内耳ではこの振動を電気信号に変えて、神経を通して脳に伝わります。この経路のどこに異常があっても難聴が生じます。

耳の模式図。外から来た音は振動で伝わる。
耳の模式図。外から来た音は振動で伝わる。

さて、加齢性難聴では「内耳」と、神経から伝わる「脳」の部分が年齢とともに衰えていきます。「内耳」ではその入り口の方が高い音を感じる部分で、その部分が最もいたみやすく、高い音の聞こえが中心に悪くなります。「脳」の部分も衰えるので、音の聞こえ以上に言葉の聞き取りが悪くなります

加齢性難聴の難聴に特徴はあるでしょうか?

加齢性難聴では、『何か』言っているのはわかるけど、『何を』言っているのかわからない、ということになってしまいます。聞き間違いが増えたり、大勢で会話するのが難しくなったり、雑音のあるところでは聞き取りにくくなったりします。テレビでも「ニュースならわかるけれど、大勢の人が話すような番組はわからない」という方が多いです。

「内耳」による難聴は、小さい音は聞こえにくいのに、大きい音は響いて聞こえにくいという現象が起こります。

さらに、難聴とともに耳鳴りがしてくることもあります。耳鳴りは周りが静かだと余計に気になってしまうという特徴がありますから、夜静かになると気になるという方も多いです。気になるときは、少し音のある環境で生活するとよいでしょう。たとえば、寝るときに耳鳴がうるさくて寝られないという方が、少し音楽をかけるだけで耳鳴の音がまぎれる、ということもあります。

加齢による難聴では音が聞こえても言葉がわかりにくくなる、という特徴がある
加齢による難聴では音が聞こえても言葉がわかりにくくなる、という特徴がある写真:アフロ

周りから気を付けること、あるいは周りから難聴の方にコミュニケーションをうまくとるコツはありますか?

顔を見て、ゆっくりはっきりと話すこと、そして大きな声で怒鳴らないということも大事です。テレビを消すなど、まわりの雑音を減らしておくことで聞き取りやすくなります。本来は口をしっかり見せて会話をすることでかなりコミュニケーションが取りやすくなるのですが、今は、新型コロナウイルスの関連でマスクを外さずに会話をすることが非常に多いので、できるだけ、しっかり・はっきり話すことを意識して頂くとよいでしょう(※3)。口を大きく動かして話す、アナウンサーのような話し方です。

そしてもう一つ。マスクによって口が見えないことで、難聴の方がより不利な立場になっていることも意識して頂けると幸いです。

※3 太田有美. 日老医誌 2020:57:397-404

マスクを着けたままの会話は難聴者にとっては聞き取りにくい状況になりやすい。
マスクを着けたままの会話は難聴者にとっては聞き取りにくい状況になりやすい。

加齢による難聴に対して治療はあるのでしょうか?

まず、一度お近くの耳鼻咽喉科を受診して、そもそも本当に加齢による難聴であるか、を確かめていただくことが大事です。

たとえば、年齢による難聴じゃないかと思っていても、加齢による難聴に加えて滲出性中耳炎などの治療可能な難聴が重なっていることもあります。

さて、診察の結果で、加齢性難聴であるとわかった場合は、基本的な対応は補聴器ということになります。

えー、結局補聴器かよ」と思ったかもしれませんが、まだまだ知っておくと得なことがあります。

補聴器は調整がとても大事

外来で診察していると、補聴器は持っているけど、なんとなくうるさく感じるとか、使ってもあまり変わらないなどの理由で、使わずに置きっぱなしという方も多いのです。

補聴器は購入してからも調整が必要で、医師の正しい方針をベースとして、補聴器技能者や言語聴覚士などの技術が必要です。

たとえば、眼鏡は購入してから調整しないと使えないということはあまりないと思いますが、補聴器はこの「購入してからも調整が必要」ということを意識しておくことが大切ですね。

補聴器を購入するにはどうしたらいいでしょう?

とにかく耳鼻咽喉科に受診して相談してください。理想的には、日本耳鼻咽喉科学会の認定する補聴器相談医に相談していただくのが良いと思います。補聴器相談医なら、補聴器購入費が医療費控除の対象となることを示す書類を記載できる場合があります。

なお、補聴器と集音器は全く異なるもので、補聴器は足りない音を補いつつ、関係のない音を抑えたりできる、調整ができるというのが特徴ですが、集音器は音全体を大きくするものです。

補聴器は調整が重要
補聴器は調整が重要写真:アフロ

補聴器の調整が難しいのはなぜでしょうか?

加齢性難聴では「小さい音は聞こえにくいのに大きな音は響いて不快」だから、「ちょうどいい音の幅」が狭いわけです。だから、調整は難しいし、難聴の度合いが変化したらその都度調整しないといけません。せっかく買った補聴器が家で眠っている方は、購入した店などで一度調整してもらってもよいと思います。

また、加齢性難聴に伴って耳鳴りが出てくる方も多いのですが、この耳鳴りについても補聴器が効果的な場合もあります(※4)。

また、先ほど難聴が認知症のリスクだと説明しました。まだ十分に証明されていませんが、補聴器をすることで認知症のリスクを減らすことができるかもしれない、という可能性は十分にありそうです。

※4 日本聴覚医学会. 耳鳴診療ガイドライン2019年版. 金原出版

最近は人工内耳の適応となることもあると聞きましたが…。

最近では加齢性難聴に対する人工内耳も注目されています。本来の耳の仕組みでは内耳で振動を電気信号に変えますが、人工内耳は機器を用いて音を電気信号に変えて内耳を直接電気刺激する装置です。

以前は平均聴力が90dB以上と非常に厳しい基準でしたが、2017年のガイドラインでは平均聴力が70~90dBでも、補聴器使用下で言葉の聞き取りの検査の結果で50%以下の場合は適応となりました。90dB以上というと、補聴器を使っても音声でのコミュニケーションが取れない、というレベルですが、70~90dBというと、補聴器を使ったり、大きな声で対応したりすれば音声でもコミュニケーションがある程度取れる、というレベルです。

なかなか数字のイメージは難しいと思いますが、少し基準が和らいで、適応となる方が増えたということです。

基本的には「補聴器では対応できない難聴」に使われるものですから、まずは補聴器の適応などについて耳鼻咽喉科で相談していただくことになります。そのうえで、補聴器を用いても難聴のためにほとんどコミュニケーションが取れないというような方について適応を検討することになります。

年齢による難聴は予防できる?どんな人がなりやすいのですか?

では、どんな人が老人性難聴になりやすいのでしょうか。

まず、一つ目に遺伝的な要因があります。いくつかの遺伝子が中年以降に進行する難聴に関与していることが示されています。こればかりは生まれつきの要素なので、対策することは難しいです。

しかし、他にもいくつか重要なことがあります。

一つは日本国内の調査から糖尿病、虚血性心疾患(心筋梗塞など)、腎臓疾患がリスクであることが示されました。また、海外の報告では喫煙、肥満などもリスクであることが示されています。

これらを完全に防ぐことは難しいですが、禁煙や適切な体重コントロールはもちろんのこと、糖尿病や虚血性心疾患を防ぐためにいわゆる生活習慣病対策をしておくことは加齢性難聴に対しても有効ではないかと考えられます(※3)。

いわゆる生活習慣病対策は加齢性難聴のリスクを減らす可能性がある
いわゆる生活習慣病対策は加齢性難聴のリスクを減らす可能性がある提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

若い間から注意しておいたほうがいいこともありますか?

大きな音に長時間触れることに注意して頂くことも大切です。

まず、職場などで大きな音がある場合は、産業医などと相談して適切に耳栓などを使用しましょう。

もう一つ、特に若い方の場合は、ヘッドホンやイベントなどで大きな音に暴露することもリスクになります。WHOは中から中~高所得国の若者の2人に1人は不適切な音量の音楽をスマートフォンなどの音楽プレイヤーから聞いており、騒音性難聴は永続的なものであることと合わせて警告しています音楽プレイヤーは1時間以内程度が望ましいこと、可能であればノイズキャンセリングイヤホンなどを使うこともいいとされています。ノイズキャンセリングなら電車など周りがうるさいところでもそれほど大きな音でなくても聞こえるからです。音の大きさと時間の両方が重要なので大きな音であるほど長時間触れてはいけないということになります。

WHOの基準に従うと、85dB(路面の電車や街頭の騒音)だったら8時間も大丈夫ですが、90dB(芝刈り機)だと2時間半、100dB(地下鉄車内騒音)だと15分110dB(コンサート会場)だとなんと28秒です。

ですから、たとえば「毎日地下鉄で1時間近く音楽を聴いている」というのはこういった指標を上回るリスクのある行動だということになります。

ヘッドホン・イヤホンなどで大音量の音楽を長時間聴くことは耳を危険にさらす行動
ヘッドホン・イヤホンなどで大音量の音楽を長時間聴くことは耳を危険にさらす行動写真:アフロ

最後に

難聴はもちろんそれそのもので命を落とすという病気ではありません。

しかし、どんどん寿命が延びていて、年を取ってからも元気に過ごす「健康寿命」を伸ばすために、難聴に対する対策はとても大事です。

この記事が、難聴の方とのコミュニケーションや、自身が難聴になるかというということについても考えていただくきっかけになれば幸いです。

難聴についてお困りの方はぜひお近くの耳鼻咽喉科医院でご相談ください

謝辞:本稿は※3の著者である大阪大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学助教の太田有美先生にファクトチェックをしていただきました。深謝申し上げます。

耳鼻咽喉科専門医、アレルギー学会認定専門医

2005年大阪大学医学部医学科卒業。日本耳鼻咽喉科学会認定専門医・指導医。日本アレルギー学会認定専門医・指導医。医学博士。市中病院勤務、大阪大学医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学助教を経て現在JCHO大阪病院耳鼻咽喉科部長。雑誌取材・メディア出演多数。臨床・研究の専門領域は鼻副鼻腔疾患・アレルギー疾患・経鼻内視鏡手術など。一般耳鼻咽喉科についても幅広く診療している。耳鼻咽喉科領域や診療に関わる医療情報全般の情報について広くTwitter(フォロワー4万人)などで発信している。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。

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