Yahoo!ニュース

なぜコンビニで小4男児の尻を叩いた店員が無罪に? 「卑わいな言動」とは

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:西村尚己/アフロ)

 神戸地裁は、神戸市内のコンビニエンスストアで小4男児2人の尻を衣服の上から1回ずつ軽く叩いたとされるベトナム人留学生の店員に対し、無罪判決を言い渡した。なぜか――。

どのような事案?

 事件化に至ったのは、叩かれた2人が店を出たあと、近くの交番に不審者事案として被害を訴え出たからだ。店員は兵庫県の迷惑防止条例違反に問われ、逮捕、起訴された。

 この条例は、公共の場所・乗り物において、人に対し、不安を覚えさせるような「卑わいな言動」に及ぶことを禁止している。電車内での痴漢がその典型であり、常習犯でなくても、最高刑は懲役6ヶ月、罰金だと50万円以下だ。

 検察側は、この店員が性的な部位である男児の尻を触るために犯行に及んだもので、「卑わいな言動」に当たるとして起訴し、罰金30万円を求刑していた。叩くのを口実にした痴漢に等しいという理屈だ。

 これに対し、弁護側は、店員が男児2人を叩いた事実については争わなかったものの、その性的意図を全面的に否認した。男児2人に対し、通路を空けるようにうながしたり、店内を走り回るのを注意するためだったという。

 2人に手を出さず、言葉で注意すればよかったのではないかといった疑問も呈されたが、店員は「日本語に自信がなかったからだ」と説明した。裁判もベトナム語の通訳人を介して進められた。

「卑わいな言動」とは?

 そこで、裁判では、店員の行為が「卑わいな言動」に当たるか否かが最大の争点となった。これは、社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語や動作を意味するが、幅の広いあいまいな用語であることは確かだ。

 条例にもその具体例が挙げられておらず、前提となる事実関係を踏まえ、ケースバイケースで検討する必要がある。11月30日の判決で、神戸地裁は、先ほどの弁護側の主張に対し、男児が尻を叩かれる合理的な理由などなく、彼らに不安を覚えさせる行為だったと認定した。

 ところが、一般に男性の男性に対する身体的な接触がもつ性的な意味合いは小さいとしたうえで、男児の尻を1回叩いたことをもって「卑わいな言動」に当たると考えるのは困難だとして、店員を無罪とした。

 この点、北海道の迷惑防止条例違反に関する事件だが、男が約5分間、40m余りにわたって女性をつけねらい、背後1~3mの距離でズボンごしに尻を11回ほど撮影したことを「卑わいな言動」にあたるとした最高裁の判例がある。

 しかし、店員の行為はこうした執拗さに欠ける。ましてや、この店員が普段から小学生程度の男児を性的欲求の対象としていたといった事実についても立証されていない。

暴行罪の成立は?

 もっとも、神戸地裁の言う通り、男児が尻を叩かれる合理的な理由などなかったということであれば、店員には暴行罪の成立が考えられる。罰金刑だけを見ると条例違反の方が20万円ほど高いが、逆に懲役の最高刑は6ヶ月だから、懲役2年の暴行罪のほうが罪が重い。

 とはいえ、当初からシンプルに暴行罪を適用していれば話は別だが、それでも暴行の程度からすると起訴猶予が妥当な事案だし、今回は迷惑防止条例違反による無理な起訴を選択した結果、無罪に至っている。検察側は控訴せず、このまま一審判決を確定させるのではないか。

 そうなると、「何人も…既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない」という憲法の規定があるので、店員を暴行罪に問うこともできなくなる。ある行為に対していかなる罪名を適用するかについては、あらかじめ慎重に検討しておく必要があるというわけだ。(了)

【参考】

・拙稿「バス車内で女性の身体に触れるかわりに髪をなめた男…痴漢になる?その罪と罰

・拙稿「下校途中の小学生女児に女児用の下着を見せつける不審者の男…何罪か?

・拙稿「なぜ電車内で中1女子に体液をかけた小学校教頭が『暴行罪』で逮捕されたか?【追記あり】

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

前田恒彦の最近の記事