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安易なリツイートにも注意を どのような行動が「ネット中傷」になり得るのか

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:Wakko/イメージマート)

 インターネット上の誹謗中傷が社会問題化する中、名誉毀損や侮辱罪などで立件されたり、損害賠償を命じられる例が相次いでいる。具体的にどのような行動が「ネット中傷」になり得るのか、改めて振り返ってみたい。

名誉毀損と侮辱の違いは?

 匿名が隠れ蓑になるネット社会では、相手と顔を合わさないので、投稿が無責任で過激な表現になりやすい。周囲から注意されず、むしろ囃し立てられ、ますますエスカレートしていく。

 そうした中で他人の名誉を侵害する何らかの事実、特に虚偽の事実を書き込めば、名誉毀損罪に問われることになる。嘘の情報を流して経済的損失を与えると、信用毀損罪や偽計業務妨害罪もプラスされる。

 具体的な事実を摘示せず、「バカ」「クズ」「ゴミ」「ハゲ」「チビ」「デブ」といった投稿をしただけでも、相手の社会的評価を下げるものであれば、侮辱罪に問われる。

 現に「テラスハウス」に出演した木村花さんに対し、ツイッター上で「顔面偏差値低いし、性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「ねえねえ。いつ死ぬの?」などと書き込んだ男らが侮辱罪で起訴され、科料9000円の有罪判決を受けている。

 同様に、タレントの春名風花さんに対し、ツイッター上で「彼女の両親自体が失敗作」「名誉男性」などと書き込んだ投稿者は、春名さんから刑事告訴されるとともに民事裁判も起こされ、約315万円の支払いで和解するに至った。

 ネット上の匿名掲示板で元AKB48メンバーの川崎希さんやその家族を誹謗中傷していた主婦らも、侮辱罪で書類送検されている。満足した川崎さんが告訴を取り下げたことで不起訴になったものの、匿名の投稿でも手順を踏めば犯人が誰か特定できるということを世に示した。

「責任ある言論」の重要性

 もっとも、名誉毀損罪については、言論の自由とのバランスを図るため、公共の利害に関する事実を専ら公益目的で投稿した上で「真実」だと証明できれば、処罰されないことになっている。

 たとえ証明できなくても、確実な資料や根拠に基づいて真実だと思い込むだけの相当の理由があれば、故意が否定される。

 ただし、ネット上の個人ユーザーによる投稿だからといって、この要件が緩やかになるわけではない。必ずしも信頼性の低い情報として受け止められるとは限らず、個人ユーザーにも「責任ある言論」が求められるからだ。

 これは、フランチャイズのラーメン店に対する経営指導を行っている会社について、ウェブサイト上に「飲食代の一部がカルト集団の収入になる」などと書き込み、名誉毀損罪で起訴された男の裁判で最高裁が示した見解だ。

 男は、一方的立場から作成された雑誌記事やネット上の書き込みなどを真に受け、会社側に事実関係の確認すらしていなかった。確実な資料や根拠に基づく投稿ではないとして、罰金30万円が言い渡された。

無関係の他人を巻き込む例も

 こうした「無責任な言論」の典型が、世間を賑わす事件が起きた際に無関係の人物を挙げ、あたかも犯人やその関係者であるかのように投稿し、拡散するケースだ。

 相手が悪いことをしたのであって、自分は絶対に正しいという「歪んだ正義感」や、他の人が叩いているから一緒に叩いても構わないといった安易な考えから、罪悪感も薄くなる。

 例えば、常磐道あおり運転殴打事件では、ある女性のことを同乗者だと指摘する書き込みがあった。これを見た元市議の男は、インスタグラムのこの女性の写真を添付し、フェイスブックで「同乗者の女」「早く逮捕されるよう拡散お願いします」などと投稿した。

 しかし、ネット上のデマ情報を鵜呑みにしただけで、実際には事件と全く関係がない人物だった。女性から訴えられ、名誉毀損にあたるとして、慰謝料33万円の支払いを命じられている。

 東名あおり運転事件でも、匿名掲示板で事件と無関係の会社社長が「ネット中傷」の被害を受けた。あたかも犯人の父親であるかのような書き込みが相次ぎ、複数の投稿者が名誉毀損罪で起訴され、罰金30万円を言い渡された。

 中でも画期的だったのは、何者かによる「親って建設会社社長してるってマジ?」「息子逮捕で会社を守るために社員からアルバイトに降格したの?」という投稿の番号を引用して書き込んだものまで名誉毀損罪の成立が認められた点だ。

 投稿番号の引用に加え、「これ?違うかな」というコメントと、その建設会社のサイトのURLを掲載していた点が重視された。

 匿名掲示板では、こうしたURLを貼り付けただけの疑問形式の書き込みがよくある。それでも裁判所は、具体的な事実を摘示したものであり、名誉毀損罪にあたるとした。上告中であり、いずれ最高裁の見解が示されるはずだ。

 この件は、検察が男らをいったん不起訴にしたものの、検察審査会の「起訴相当」議決を受けて起訴に至ったという経緯がある。ネット上のいわれなき誹謗中傷に対して厳しい姿勢を示すべきだという市民感覚のあらわれと言えるだろう。

提供:akaricream/イメージマート

安易なリツイートやシェアにも注意を

 何もコメントを付けず、単に第三者による元の投稿をリツイートしたり、シェアしただけでも、場合によっては名誉毀損に問われる可能性がある。

 元大阪府知事の橋下徹氏がジャーナリストである岩上安身氏を訴え、岩上氏に33万円の支払いが命じられた民事裁判がその代表だ。

 18万人のフォロワーを抱えていた岩上氏は、府知事時代の橋下氏が幹部職員を自殺に追い込んだなどという第三者のツイートを見て、自らのコメントを付けず、そのままリツイートした。

 裁判所は、元のツイートに社会的評価を低下させる内容が含まれている場合、何のコメントも付けずにリツイートすれば、経緯、意図、目的を問わず名誉毀損による不法行為責任を負うと判断した。それだけネガティブな情報の拡散には慎重さが求められるというわけだ。

政治的対立や差別が背景の事案も

 ネット上では、政治的な意見が異なる相手を口汚く罵倒したり、人種や民族に対する差別的な発言もよくみられる。

 前者については、右派が左派を「ネット中傷」して民事裁判に至った例がある。

 裁判所は前提として「政治的主張・言論については、批判的立場からの自由な意見交換も十分に保証されるべき」とした。

 その上で、「売春婦と自称している」といったツイートは公共性や公益性を欠き、個人攻撃の色彩が強く、悪質であるとして、投稿した女に慰謝料など約100万円の支払いを命じている。

 在日外国人の中学生について、匿名ブログに「悪性外来寄生生物種」「ヒトモドキ」などと書き込んだ男が侮辱罪で略式起訴され、科料9000円の有罪判決を受けた例もある。

 この男は、民事裁判でも慰謝料130万円の支払いを命じられた。

「なりすまし」も問題に

 匿名性というネットの特性を悪用し、本人の顔写真や氏名を勝手に使ってアカウントを立ち上げ、有名人や一般人など他人になりすます投稿もあとを絶たない。

 元交際相手の10代の女性になりすまし、ツイッター上に「援助交際募集中」という虚偽の投稿をした教諭の男は、名誉毀損罪で逮捕され、別の余罪と併せて罰金80万円に処された。

 また、上司で既婚者の女性に一方的な恋愛感情を抱いたストーカーの男が「ネット中傷」に及んだ事件もある。相手にされないことで憎しみを抱き、その女性になりすまし、ネット上に他の男性と不倫関係にあるかのような虚偽の書き込みをしていた。

 女性に対する名誉毀損罪に加え、女性をうつ病にさせた傷害罪なども併せて起訴され、懲役3年の実刑判決を受けている。

 他人になりすまし、「お前の性格の醜さは、みなが知ったことだろう」などと別の人物を誹謗中傷する投稿をした男もいた。なりすましの被害を受けた本人から訴えられ、名誉権の侵害があったとして、慰謝料130万円の支払いを命じられている。

「マイナス評価」が問題になることも

 飲食店やホテル、店舗に対する「マイナス評価」が事件に発展することもある。「うまい」「まずい」といった実体験に基づく感想であれば、主観的な話なので問題ない。

 しかし、店側とトラブルになったことを逆恨みし、事実に反する嘘の書き込みをすると、法的責任を問われる。

 例えば、トラブル相手の男性が経営する飲食店について、匿名のコミュニティーサイトに「消費期限切れを提供」「ゴキブリ入りの料理」などと嘘を書き込み、閉店に追い込んだ男がいた。名誉毀損罪で略式起訴され、罰金30万円の有罪判決を受けている。

 新型コロナウイルス禍の中、マスクを着けずにコンビニエンストアに入店した女が女性店長とトラブルになり、「ネット中傷」に至ったケースもある。

 女は、ツイッター上に店名や店長の写真とともに「ここの店には行かないで!」「私コロナ感染してるねん!熱あるねんと言いました!怖いです!」などと嘘の投稿をした。

 店側の刑事告訴を受け、女は名誉毀損罪と偽計業務妨害罪で書類送検されている。(了)

画像制作:Yahoo! JAPAN
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【この記事は、Yahoo!ニュースとオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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