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「がん再発すると良いですね」 堀ちえみさんを中傷159回、なぜ条例違反?

前田恒彦元特捜部主任検事
(提供:kikuko/イメージマート)

 タレント・堀ちえみさんのブログに堀さんを誹謗中傷するコメントの投稿を繰り返したとして、無職の女が東京都迷惑防止条例違反で書類送検された。こうした「ネット中傷」の事件では珍しい罪名だ。

なぜ堀さんを中傷?

 スマートフォンを使ったこの女による投稿は、舌がんや食道がんの手術を受けた堀さんが芸能活動を再開した後の昨年10月から今年5月にかけ、合計159回に上った。

 その内容は、「甘い物食べてがん再発すると良いですね」「どうか一生の眠りについてくださいね」「2年前亡くなってたら良かったですね」「不細工ですね」など、堀さんを誹謗中傷するものだった。

 堀さんの所属事務所から相談を受けた警視庁が捜査し、書き込んだ女を特定した上で、自宅の捜索を経て書類送検に至った。

 女は「堀さんが大嫌いだった」「書き込みを見てがんが再発し、死ねばいいと思った」などと供述し、容疑を認めているという。

「公然性」がネックに

 こうした「ネット中傷」は、刑法の名誉毀損罪や侮辱罪で立件されることが多い。しかし、前者は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は…」と規定され、後者も「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は…」と規定されている。

 つまり、いずれも「公然性」、すなわち不特定または多数の者が認識できる状況下での発言であることが要件となっている。その場合に初めて相手の社会的な評価が下がるからだ。

 特定少数の者に対する発言でも、不特定多数の者に伝わる可能性があれば「公然性」ありと認められるが、あくまで例外だ。

 堀さんのブログの場合、たとえユーザーが何らかのコメントを書き込んだとしても、管理者である堀さんの夫が承認しない限り、コメント欄に表示されない設定となっていた。

 この女のコメントが他のユーザーの目に触れることはなく、「公然性」の要件に該当しないのではないかという問題が生じたわけだ。

 これは、堀さんあてに中傷のダイレクトメールを送りつける場合も同様だ。

「つきまとい行為」と評価

 そうすると、女は無罪放免ということになりそうだが、ここで東京都の迷惑防止条例に目が向けられた。

 痴漢や盗撮事件のニュースでよく登場する条例だが、禁止されている行為はそれだけではない。東京都では、ストーカー規制法ではカバーできない「つきまとい行為」なども処罰の対象としている。

 その一つが、相手やその家族らに対し、ブロックされたのにアカウントを変更して書き込みやメッセージの送信を続けたり、名誉を害する事項を告げるなど、不安を覚えさせるような行為を反復することだ。

 もっとも、政治活動や市民運動などにまで規制の範囲が広がる懸念もあるので、何ら正当な理由がないのに、専ら特定の者に対するねたみや恨みなど悪意の感情を充足する目的で行った場合に限定される。

 最高刑は懲役1年、罰金でも100万円以下だ。最高刑が懲役3年、罰金だと50万円以下の名誉毀損罪に比べると懲役刑については軽いものの、拘留(1日以上30日未満の身柄拘束)か科料(千円以上1万円未満の金銭罰)しかない侮辱罪よりもはるかに重い。

 そこで警察は、女をこの条例違反に問うことにしたわけだ。

匿名でも特定される

 堀さんのブログをめぐっては、一昨年にも「死ね」などと誹謗中傷するコメントを繰り返し書き込んだとして、脅迫の容疑で主婦が書類送検されている。

 不起訴にはなったが、匿名の投稿でも手順を踏めば犯人が誰か特定されるし、警察も事件として取り上げ、きちんと捜査を行うということを世に示した。

 今回の書類送検を踏まえ、堀さんはブログの中で次のようにコメントしている。当事者にしか語れない、まさしく至言ではなかろうか。

「やさしい言葉は人を助け、また悪意のある言葉は度が過ぎ、そして凶器にもなる」「匿名という鎧があっても、その気になれば特定することもできます」「心ない誹謗中傷を受ける人が、これ以上出ませんよう」

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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