Yahoo!ニュース

立てこもり事件で再燃か 「鍵付き完全個室」のネットカフェ、法的な問題は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロ)

 インターネットカフェで発生した人質立てこもり事件では、鍵付きで完全個室のブースが悪用された。こうした個室は、売買春やわいせつ動画配信の現場として使われるなど、これまでも問題視されてきた。

風営法の「区画席飲食店」になる?

 しかし、この個室そのものは違法ではない。まず風俗営業法による規制が問題となるが、この点はネットカフェの営業形態によってクリアされている。

 すなわち、風営法には「区画席飲食店」という区分があり、営業を行うためには公安委員会の許可を要する。一方で風営法の規制下では深夜営業ができなくなるから、ホテル代わりの利用客を見込んでいるネットカフェにとっては旨味がない。

 ただ、ここで規制の対象となっている営業内容は、次のようなものだ。

「設備を設けて客に飲食させる営業で、他から見通すことが困難であり、かつ、その広さが5平方メートル以下である客席を設けて営むもの」

 そうすると、鍵付きで完全個室があるネットカフェでも、次のような営業形態にすることで、この規制の網をかいくぐることができる。

●5平方メートル(3畳程度)以下の個室の場合、店が飲食物を提供しないか、提供する場合でもオープンスペースで飲食してもらう。個室内での飲食は客自身が外部で購入して持ち込んだものに限定する。

●店が提供する飲食物を個室内で飲食できるようにする場合には、室内を5平方メートルよりも広くした「VIPルーム」といった名称の個室を設け、そこを利用させる。

●個室の上下に隙間を設けたり、扉をスイングドアにしたり、透明のアクリル製にしたり、「のぞき窓」を設置するなどし、外から個室内が見通せるようにする。

 したがって、これらのいずれかをクリアしていれば、「区画席飲食店」としての営業許可は不要となる。

 逆に言うと、狭い個室なのに店側が飲食物を提供していれば完全にアウトであり、現に2008年に広島、2011年に大阪でそうしたネットカフェが風営法違反で相次いで摘発されている。

 このときもネットカフェの個室に対する法的な問題が取り沙汰されたが、業界が自主的に「区画席飲食店」にあたらないような営業形態に変えることで、規制を回避してきた。

「性風俗関連特殊営業」になる?

 一方、こうした個室、特に2人用の個室がラブホテル代わりとして使われているといった実態も指摘されている。プライバシー保護のために防音が強化され、シャワー室を完備したネットカフェもあるからだ。

 そうすると、風営法が規制する「性風俗関連特殊営業」にあたり、公安委員会への届出を要するのではないかという問題が生じる。

 しかし、ここで対象となる営業内容は、次のようなものだ。

「専ら異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む)の用に供する政令で定める施設を設け、当該施設を当該宿泊に利用させる営業」

 ネットカフェについては、「政令で定める」という部分と「専ら異性を同伴する客」という部分が重要となる。

 前者は政令でかなり細かく規定されているが、フロントと顔を合わさないで鍵の受け取りや会計を済ますことができる仕組みなど、モロにラブホテルといったイメージに合致する内容となっており、ネットカフェはこれにあたらない。

 政令では「レンタルルーム」も規制されているが、これも「専ら異性を同伴する客」という部分がネックとなる。あくまで2人まで利用できる個室にすぎず、カップル専用ではないという営業の仕方をすればクリアできるからだ。

「旅館業」になる?

 「ネットカフェ難民」という言葉もあるように、鍵付き完全個室を宿泊施設代わりとして利用している客も多い。そうすると、旅館業にあたり、営業許可が必要ではないかという点も問題となる。

 しかし、旅館業法は、旅館業について「宿泊料を受けて人を宿泊させる営業」と、「宿泊」を「寝具を使用して施設を利用すること」と定義している。

 ポイントは「宿泊料」と「寝具」の二点だ。ネットカフェの利用料は、インターネットやパソコンを使ったり、読み放題の漫画を読んだりするサービスへの対価であり、「宿泊料」ではないという仕組みになっている。

 また、個室内のビジネスチェアやフルフラットシートはベッドではなく、店側も「客が寝るため」の布団や毛布は提供していない。それに類するものが貸し出されていても、寒さよけの「ひざ掛け」にすぎないという建前だ。

 したがって、ネットカフェは旅館業にもあたらない。

 このほか、建築基準法や消防法などに基づく様々な規制もあるが、これらを遵守している店舗であれば、ネットカフェの鍵付き完全個室が法的に問題となることはない。

条例の規制はあるが…

 ただし、こうした法律とは別に、条例によってネットカフェを独自に規制している自治体もある。

 例えば、東京都だと、ネットカフェを営業する場合、公安委員会への届出を要するし、入店時の本人確認も義務付けられている。ほかにも、18歳未満の深夜利用を規制している自治体は多い。

 しかし、逃げ場を失った逃走犯が素性を明かさないで済む便利な潜伏場所として逃げ込み、人質をとって立てこもるようなケースを想定した規制とはなっていない。

 今回の事件がきっかけとなり、運転免許証や保険証などに基づく本人確認の徹底と顧客名簿の保存などを中心としてネットカフェ全般に対する法規制の問題が再燃し、特に鍵付き完全個室に対する規制や警察の取り締まりが強化されるものと思われる。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

前田恒彦の最近の記事