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反ワクチン派のチラシで接種を取りやめコロナ罹患 配布者は罪に問われる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ideyuu1244/イメージマート)

 新型コロナワクチンを巡り、反ワクチン派が接種会場周辺などで危険性を訴えるチラシ配りをしている。内容に誤りがあるとも指摘されているが、もし信じて接種をやめた高齢者らが罹患、死亡したら、罪に問えるか――。

「インスリンは毒」事件もあるが…

 この点、2015年に、難病治療を語る自称祈祷師の男が、1型糖尿病を患った男児の親に対して「インスリンは毒」などと働きかけて投与をやめさせ、非科学的な祈祷により男児を死亡させた事件があった。

 最高裁は2020年8月、男に「未必的な殺意」に基づく殺人罪が成立するとし、無罪を主張する男の上告を棄却した。

 ただ、男児にはインスリンを投与しなければ死亡するという現実的な危険性があり、男もこれを認識していた。その上で、医学的根拠がないのに、「指導に従わなければ助からない」と脅しめいた言葉まで交えていた。

 かなり特殊な事案であり、今回のケースとは趣を異にする。

「エホバの証人」輸血拒否事件は?

 1985年には、ダンプカーに接触して重傷を負った男児の両親が、信仰する「エホバの証人」の教義に従って男児への輸血を拒否した結果、男児を出血多量で死亡させた事件もあった。

 両親を殺人罪や保護責任者遺棄致死罪などに問えないか問題となったが、立件が見送られている。監察医の鑑定で「輸血されたとしても必ずしも生命が助かったとはいえない」とされたからだ。

 新型コロナのワクチンも、発症リスクや重症化リスクを100%予防できるものではないから、接種しないことと罹患や死亡との因果関係の立証は不可能だ。

 全体に占める割合こそ少ないものの、現実に強い副反応が出た接種者もいるので、接種しないという選択肢を与えることが殺人や傷害などの実行行為と評価できるかについても疑念が残る。

正確な情報に基づく判断を

 結局、反ワクチン派の活動を殺人罪や傷害罪などに問うことはできないだろう。

 とはいえ、メリット、デメリットの一方だけに偏らず、医学的に正確な情報が公平に示されなければならないことは言うまでもない。どちらの立場であっても、無責任なデマ情報で困惑させるのは問題だ。

 予防接種法には「接種を受けるよう努めなければならない」という規定があるが、接種するか否かは本人が納得した上で決定すべき話であり、その判断材料が重要となるからだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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