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旅行先でレンタカーを放置駐車 警察に出頭しなかったらどうなる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 2月16日、岡山地裁で興味深い判決があった。レンタカーの利用客による放置駐車を巡り、公安委員会から違反金の納付を命じられたレンタカー会社がその取消しを求めたものの、敗訴したという。なぜか――。

放置駐車とは

 放置駐車とは、運転者が違法に駐車した上でその車から離れ、直ちに運転できない状態をいう。停止時間や離れた距離、エンジンの稼働やハザードランプの点灯などを問わない。

 警察官や駐車監視員が放置駐車を発見すると、その車に「放置車両確認標章」という黄色いステッカーを貼り付ける。その上で、まずは違反者本人に対する責任追及を進める。

 具体的には、警察に出頭してきた違反者に対して青切符で反則通告をし、反則金の納付を求める。普通車の場合、駐停車禁止場所だと1万8000円であり、違反点数は3点になる。違反者が納付すれば、それで手続は終わりだ。

納付しないとどうなる?

 一方、反則金の納付がなければ、通常の刑事手続のレールに乗り、起訴・不起訴が決められ、起訴の場合だと罰金刑に処されるのが本来の姿だ。刑事罰だから、反則金と違って前科が付く。

 ただ、酒気帯び運転やスピード違反などと違い、放置駐車はその場に運転者がいないから、誰が違反に及んだ犯人なのか特定できず、不出頭だと反則通告ができない。

 そこで、放置駐車に限り、特別に車の使用者に対する責任追及も可能となっている。反則金と同額の放置違反金を納付させるという制度だ。

 「使用者」とは、所有者など使用を正当とするだけの法的な原因を有しており、その車の運行を支配・管理する立場にある者のことだ。通常は、車検証の使用者欄に記載されている者がこれにあたる。

強制徴収や車検拒否も

 したがって、違反者が警察に出頭せず、誰が犯人か判明しない場合には、公安委員会は使用者に通知書を送付して弁明を求めることになる。

 今回のケースでも、違反に及んだ利用客は警察に出頭せず、レンタカー会社もこの者と連絡がとれない状態となった。車検証の使用者欄はレンタカー会社名となっていたため、公安委員会はこの会社に放置違反金として1万8000円の支払いを求めたわけだ。

 ここで違反金の仮納付があれば手続は終わりだが、納付がなければ公安委員会から納付命令書が送付される。それでも納付しなければ、督促状の送付へと段階が上がる。

 なおも納付しないと滞納処分に移り、財産の差押えや換価によって強制的に徴収される。車検拒否制度も適用されるから、放置違反金の納付・徴収証明書を提示しなければ、車検の際に車検証を返してもらえなくなる。

出頭しないメリットも

 放置違反金の制度は、2006年に導入されたものだ。「車の使用者=違反者」の可能性が高いし、車の運行を支配・管理する者は安易に車を貸さず、違法駐車が起きないように注意する必要があるという理屈だ。

 ただ、この制度では、違反者が正直に警察に出頭すると、反則金の納付に加え、違反点数まで加点されてしまう。もし出頭せずに放置違反金を選択すれば、その加点がない。

 これでは正直者がバカを見ることから、最終の放置駐車からさかのぼって6か月以内に一定の回数の納付命令を受けていれば、車の使用制限命令が下されることになっている。普通車だと最大で2ヶ月間だ。

 それでも、これに至らない程度の違反回数であれば、違反点数の関係では警察に出頭しない方がメリットがある。他に違反がなければ、更新時の講習料が安くなるし、ゴールド免許の保険料割引なども維持できる。

 現に、放置違反金制度の導入後、反則金と合わせた全体の納付率こそ30%近く上がって約97%となったが、ほとんどの違反者が放置違反金を選択しており、警察への出頭は7割から2割にまで下がっている。

裁判所の判断は?

 今回の裁判では、レンタカーの場合、少なくともレンタルをしている間の車の使用者はそれを借りた利用客ではないか、という点が争われた。利用客の方から連絡を断つことで、「逃げ得」になるおそれもあるからだ。

 しかし、裁判所は公安委員会に軍配を上げた。

 レンタカー会社は車を貸すことで利益を享受しており、その車が適正に運行されているか管理すべき立場にあるから、放置駐車の違反金を納付すべき利用者にあたるという。効率的かつ合理的に違法駐車を取り締まり、抑止するという面を重視したわけだ。

 このレンタカー会社は、新たな判例を出したいと意気込み、控訴を検討している。レンタカー業界でも、こうした事案が多発して問題になっているという。利用客が別でも、同じ車で放置駐車が繰り返され、違反金の納付命令が重なると、使用制限により貸し出せなくなるからだ。

 高裁や最高裁の判断が注目されるが、レンタカー業界も返却時に反則処理が未了の場合に限って駐車違反違約金をとるといった現在の仕組みから、違反金の納付に関する新たな特約を設け、さらに前倒しし、レンタル契約開始時のデポジット制度などを導入するようになるかもしれない。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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