「捜査機関による情報漏洩は防御権の侵害」 京アニ事件、弁護人の意見書の内容は?

(写真:ロイター/アフロ)

 京都アニメーション放火殺人事件の容疑で勾留された男に対し、その理由を開示する手続が行われた。しかし、弁護人の詳細な意見書の内容を報じたマスコミはなかった。なぜか――。

防御権の侵害では

 弁護人の意見書のうち、特に目を引く一方で、マスコミが報じなかった部分は、勾留の必要性、とりわけ防御権の侵害について記した部分だ。

 すなわち、次のとおり、接見時の様子など、かなり具体的な指摘がなされている。

 被疑者は、本年5月27日、逮捕後の留置場所である京都府伏見警察署に検察官が出向く形で送検し、同日中に勾留質問の上勾留決定がなされ、勾留場所である大阪拘置所に移送されるという異例の対応により勾留された。

 警察官や検察官らは、翌5月28日から、大阪拘置所内の被疑者自身の居室に出向き、何ら仕切りのない形で被疑者と直接対面の上、連日数時間の取調べを行っているようである。

 他方で、大阪拘置所における被疑者と弁護人(弁護人となろうとする者も含む)との接見は、特定の一般面会室で実施されている。

 弁護人との接見のたびに、被疑者は感染防止のため全身をシートにくるまれ、決して短くない通路を、複数の刑務官に介護ベッドを押されて移送されてくることになり、身体的にも心理的にも大きな負担となってしまう。

 現に弁護人らは、被疑者が大阪拘置所に移送されてから、5月27日夜、5月28日朝、5月29日朝、5月30日朝、5月31日朝、6月1日朝、6月2日朝と、本件勾留理由開示の請求までに7回の接見を申し込んだ。

 しかし被疑者は、この内4回につき、体調不良により応じられないとして接見を断っている。

 初めて接見できた5月29日朝には、上記のような経路を通って接見室に移送されてくることにつき、「それはしんどいね」と述べた弁護人に対し、被疑者が頷く仕草が認められた。

 しかも、接見できたとしても、直接対面ではないことの弊害は大きい。

 一般面会室は、被疑者側と弁護人側がアクリル板で遮断されており、現在は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、本来声が通るように開けられた穴に養生テープが隙間なく貼られている。

 被疑者は介護ベッドに横たわったまま、接見室に横向きに(アクリル板に平行に)入っているが、体勢を変えることもできないので、アクリル板に顔を近付けることはできず、ほぼ上を向いた状態で発言している。

 そのため、弁護人らがアクリル板に耳を接着させても、被疑者の声は極めて聞き取りにくい。

 特に、外の一般面会者へのインターフォンでの呼出が重なったときなど、被疑者の声は全く聞こえない。

 弁護人の側も、被疑者に聞こえるよう大きな声で一語一語発音せざるを得ず、込み入った話をすることはおよそ不可能である。

 このような状況が、初めて弁護人らが接見できた5月29日午前に判明したため、同日夕方、弁護人は検察官に対し、直ちに改善するよう申し入れを行った。

 しかしながら、この状況は6月2日まで改善されず、6月3日、被疑者の側にマイクが設置されるに至り、ようやく通常に近い意思疎通ができるようになった。

 以上の状況からすれば、少なくとも本年6月2日まで、被疑者が弁護人から有効な助言を受ける権利はほとんど保障されていないに等しく、被疑者の防御権は著しく侵害されていた。

 このような違法な状態下で作成された被疑者の供述調書については、いずれもその任意性を争う所存である。

 この事件の最大の争点は男の責任能力の有無・程度になると思われ、現に9月10日までの鑑定留置が決まったが、こうした状態でまともな精神鑑定が行えるのか疑わしい。

 しかも、鑑定において重要な判断材料の一つとなる男の供述調書について、任意性に疑義ありとして弁護人が争うという以上、そこから導き出される鑑定の結果についても公判で紛糾すること必至だ。

 弁護人との秘密交通権の保障は被疑者の防御のための基本中の基本だから、たとえ捜査当局が男の取調べを全て録音・録画していたとしても、疑念が払拭されるわけではない。

 この事件ではマスコミも結果の重大性に目を奪われて捜査当局の広報機関と化しているから、こうした問題点を掘り下げて報じることなどできないのだろう。

捜査当局の「リーク」も

 また、弁護人は、防御権の侵害について述べる中で、捜査当局による「リーク」の問題も指摘している。

 さすがに捜査当局から情報をもらって記事にしているマスコミからすると、こうした弁護人の主張は絶対に取り上げることなどできないはずだ。

 捜査当局の幹部による定例の記者レクや夜討ち朝駆けが禁じられると、ネタが取れず、記事が書けなくなるわけで、自分で自分の首を絞めるようなものだからだ。

 弁護人の指摘は、次のようなものだ。

 被疑者が現に勾留され、接見禁止決定が付されている以上、取調べにおける被疑者の供述内容が、公判前に外に出ることなどあり得ないはずである。

 ところが現実には、被疑者の逮捕勾留以後、連日のように、被疑者が供述したとされる内容が報道されてきた。漏洩しているのが警察官であれ、検察官であれ、公務員としての守秘義務に違反することは明白である。

 しかも、報道されたのは本件犯行に至る動機や故意の内容など、将来の公判において大きな争点となることが予想される供述内容である。

 真実それが被疑者の供述かどうかも不明であり、仮にそのような供述をしていたとしても、細かい表現や前後の文脈次第でその意味は大きく異なってくる。

 それにもかかわらず、被疑者の供述内容として一旦報道されれば、それを目にした将来の裁判員をも含む市民は、真実被疑者がそのような発言をしているものとして受け取ってしまう。

 こうした捜査機関からの漏洩は、弁護人、ひいては被疑者の防御権を著しく侵害している。

 さらに、取調べにおいては、被疑者が記憶していないことも誘導して確認する作業が行われている。被疑者の記憶・認識が罪証隠滅の対象なのだとすれば、隠滅を行っているのはむしろ聴取技術の洗練されていない取調官の方である。

 このような偏頗な構造を生む本件勾留自体の弊害は大きい。

 これまでの報道を振り返ってみると、逮捕の「Xデー」がいつなのかをはじめとして、逮捕時の男の様子、計画性や動機、犯行後の状況に関する供述内容など、捜査当局しか知らないはずの極秘情報が平然と漏らされ、マスコミでそのまま報じられている。

 こうした「既成事実化」により、将来の裁判員候補者である市民が事件や男に対して予断と偏見を抱いてしまっているのは確かだろう。

勾留の必要性は?

 これに加え、弁護人は、さらに2つの観点から勾留の必要性がないと主張している。

 1点目は、次のとおり、「在宅」すなわち入院を継続したままでの捜査が可能であり、それが適当だというものだ。

 既に客観的証拠や証人予定者らの供述調書が収集・作成されている以上、捜査機関における逮捕勾留請求の目的は、接見禁止決定により情報を遮断した上での、連日連夜の被疑者取調べにほかならない。

 しかし、被疑者の供述を得るのであれば、被疑者の身体生命の安全に配慮しながら、在宅(入院継続)で任意の取調ベを行うことで足りる。

 被疑者が入院していた病院は、捜査機関からの要請に応じて被疑者が報道等に触れないように徹底した情報管理を行っており、現に被疑者は逮捕時に初めて自身にかけられている嫌疑を知ったと報道されている。

 捜査機関の懸念する記憶の汚染は生じない。それどころか、むしろ捜査機関による記憶の植え付けが図られている。

 勾留による多大な弊害に鑑みれば、被疑者の身体を大阪拘置所に勾留してまで取調べを行うべき必要性は認められない。

 2点目は、次のとおり、被疑者の生命身体への危険が大きいという事情だ。

 重度の熱傷を身体の広範囲に負った被疑者は、一時は生存自体が危ぶまれた。

 逮捕勾留され、大阪拘置所に移送された後も、本年6月1日頃までは、被疑者は移送の影響か体調が優れないとして、頻繁に弁護人の接見を断っていた。

 接見時に弁護人が把握しただけでも、本日に至るまで、38度以上の発熱が少なくとも1度は生じている。

 他方で大阪拘置所においては、本年4月、刑務官8人が新型コロナウイルスに感染する集団感染が発生している。同年5月19日には3人の再陽性が、その前にも1人の再陽性が確認されており、今後も感染拡大の危険が現存する。

 このような状況の大阪拘置所を勾留場所として、重度の熱傷により免疫力が低下し、感染症に罹患すれば死亡リスクが高い被疑者を勾留しておくことは、被疑者の生命身体への危険が極めて大きい。

「罪証隠滅」については?

 もちろん、弁護人は、大前提として、次のとおり、そもそも勾留の要件である「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」が存在しないと主張している。

(客観的証拠)

 本件は、既に発生から10か月が経過している。被疑者宅及び関係先の捜索押収、被疑者の移動経路における防犯カメラ映像の確保及び事件現場の検証等、必要な証拠収集活動は終了していると思われる。

 その中には、被疑者がアニメーション制作会社に応募したとされる小説のデータや応募履歴、インターネット等への投稿履歴、精神科への通院や薬の処方状況、訪問看護やホームヘルパーの利用状況等、本件の動機や犯行に至る経緯、精神状態等に関する証拠も当然ながら含まれている。

 こうした被疑者の主観面に関するものも含め、収集可能な客観的証拠はすべて捜査機関によって保全されているはずである。

 このような状況で、保全された客観的証拠にアクセス可能な捜査関係者が被疑者に協力し、それを隠滅することはおよそ想定できない。

 仮に勾留及び接見禁止決定が付されていなければ、被疑者が不特定多数の者と接触することが可能であったとしても、被疑者が接触した者が、被疑者の指示によりスパイのように捜査機関施設に侵入し、保全された客観的証拠を破棄改ざんすることもまた現実的ではない。

 客観的証拠を隠滅することは不可能である。

(関係者の供述証拠)

 本件においては、ご遺族を含む被害者、目撃者、被疑者の親族、被疑者の近隣住民、福祉関係者、医療関係者等(「証人予定者ら」)の供述証拠が、既に作成済みであると思われる。

 自力で歩行はおろか電話することもできず、また証人予定者らの連絡先も把握していない被疑者本人が、直接働きかけて供述を取り下げさせ、又は変遷させることは不可能である。

 証人予定者らに接触したメディア関係者はその連絡先を把握しているとしても、被疑者が面会したメディア関係者に指示し、メディア関係者がこれを了承し、隠滅行為を実行するなどというプロセスは、全く現実的ではない。

 他に被疑者のために証人予定者らに接触し、被疑者に代わって証人威迫や供述の取り下げ、変遷等を行わせる親族や友人の存在も認められない。

 直接間接を問わず、被疑者が証人予定者らの供述証拠を隠滅することは、現実的に不可能である。

(被疑者の供述)

 結局のところ、裁判官が隠滅の対象として想定しているのは、被疑者本人の供述としか考えられない。

 しかし、そもそも黙秘権が保障されているのであるから、被疑者自身の供述態度や内容は、被疑者の主観的な罪証隠滅の可能性を示唆するものではあっても、罪証隠滅の対象とは考えられてこなかったはずである。

 被疑者自身が主張や弁解を検討し、あるいは黙秘することは、被疑者自身の防御権の行使であって、被疑者の供述を被疑者自身の罪証隠滅の対象とするのは誤りである。

 そして、客観的証拠、供述証拠のいずれも隠滅の現実的可能性はないのであって、本件の犯行動機や犯行に至る経緯等、被疑者の供述を裏付ける証拠を隠滅することもまた不可能である。

「逃亡」については?

 では、「逃亡」の点はどうか。これについても、弁護人は、次のとおり、「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由」が存在しないと主張している。

 被疑者は、本件犯行により、自らも全身の90%に最重度であるIII度の熱傷を負った。現在も、手足や手指の拘縮により、自力歩行はおろか、立ち上がることも、自力で筆記用具を握ることすらできない。

 食事、入浴、排泄、移動等、通常の生活の全てにわたり他人の介助を必要としているのであり、自力で逃亡することは不可能である。

 そして、被疑者はカルロス・ゴーン氏のように、100億を超える資産を保有している訳でもない。被疑者の入院している医療施設に侵入し、被疑者をコンテナに入れて逃亡を手助けする者がいるとも考えられない。

 万が一、医療施設に侵入し、被疑者に危害を加えようとする者がいたとしても、それは防止されるべき「犯罪」であって、被疑者の「逃亡」ではない。

 いかなる見地から検討しても、被疑者が逃亡するなど空想の世界の産物であって、被疑者が逃亡する現実的可能性はない。

弁護人が求めていることは?

 弁護人は、「はじめに」と題し、意見書の冒頭で次のような記載をしている。

 我が国の刑事訴訟法には、被疑者の勾留に関し、「事案の重大性」や「被害者の数」を要件とする規定は存在しない。

 言うまでもなく、被疑者の逮捕・勾留は、それ自体が刑罰でもない。

 本件被疑者には、御庁において、本件勾留理由開示公判への被疑者の出頭につき特別な配慮や措置を要したことからも明らかなように、罪証を隠滅したり逃亡したりする現実的可能性はおよそ認められない。

 本件に関し、事案の重大性や社会的影響に惑わされず、法と良心に基づいてのみ判断すれば、勾留の理由も必要性もなく、勾留は取り消されるべきである。

 また、意見書のしめくくりとして、「おわりに」と題し、次のとおり弁護人が何を求めているのかを改めて明らかにしている。

 弁護人は、何も被疑者に「特別扱い」を求めているのではない。

 むしろ、被疑者を法の下に平等に扱うという、当然に認められるべき権利を主張しているに過ぎない。

 本件がいかに重大な事案であるとしても、むしろそれだからこそ、被疑者は一片の曇りもなく適正な手続で裁かれなければならない。

 勾留の理由も必要性もない、違法不当な本件勾留は、直ちに取り消されるよう強く求める。

 このように、意見書はかなりの大作だが、弁護人は私選ではなく弁護報酬が極めて低い国選だ。

 だれも弁護を引き受けたがらないような事件だが、だれかが引き受けなければ捜査や裁判が成り立たない。

 今や勾留に対する準抗告や勾留理由開示の請求などやって当たり前の時代であり、今回はやらなければ弁護過誤に問われるようなケースでもある。

 事件や被疑者に偏見をもたず、適正な手続の確保のために全力を尽くそうとする弁護人の姿勢を誹謗中傷すべきではないだろう。

 むしろ、捜査や公判、判決といった一連の手続の中に何らかの重大な瑕疵があれば、被害者や遺族にとっても納得できない結果になりかねないわけだから、監視の目は重要だ。

裁判官の対応は?

 では、こうした弁護人の意見書に対し、京都地裁の鵜飼奈美裁判官はどう対応したか。

 残念ながら、「第三者を通して証拠隠滅するおそれがある」「第三者を介して逃亡が行われるおそれがある」と抽象的に述べるにとどまっており、まさしく「暖簾に腕押し」だった。

 むしろ現実には、勾留理由開示の手続は単なるセレモニーと化しており、裁判官が何も具体的な理由を語らないというのが実務の通例となっている。

 ただ、勾留を決定した張本人である裁判官が法廷で「勾留の理由はありません」と言うはずがなく、重要なのは理由の具体的な中身であるはずだ。

 確かに、本人自らが罪証を隠滅し、逃げたりできなくても、回復によって病院から電話や手紙を使ったり、だれかと会って依頼し、その人物を介して罪証を隠滅し、手助けを得て逃げることならできるかもしれない。

 刑訴法では、逮捕したり、勾留のうえで接見禁止を付けない限り、弁護人以外のものとの間で電話や手紙のやり取りをしたり、会って話すといったことを禁じる手立てがない。

 36人死亡、33人重軽傷という事実について、男が2人くらいだと思っており、逮捕時に初めて犠牲者数を知ったとの報道もある。

 これが事実なら、死刑確実と考え、それを免れるためにあらゆる手をとるということも念頭に置く必要が出てくる。

 では、そこでいう「だれか」とは、いったいだれのことなのか。

 裁判官も、その判断の理由を、公の場で自信をもって具体的かつ明確に述べるべきではないか。

 それだけの責任感を伴わなければ令状主義が採用された意味がないし、勾留状の謄本を見れば一目瞭然の抽象的な勾留理由を示すことなどロボットでも可能だからだ。(了)

(参考)

 拙稿「『小説を盗まれた』 京アニ事件、男の供述が捜査や裁判に与える重要な意味とは?

 拙稿「なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか (2)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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