黒川弘務氏の勤務延長、法務省から言い出したとして想定されるストーリーは? 

黒川弘務氏のように法務省勤務が長い官僚検事を「赤レンガ派」と呼ぶ(写真:アフロ)

 黒川弘務氏の勤務延長は法務省の提案だという安倍晋三首相の話を忖度し、1月に法務省と人事院などで協議したことをうかがわせる文書に沿って、今後、法務省が構築するとしたら、次のようなストーリーではないか。

定年後の再任用を検討している点がポイント

「当初、黒川氏は2月8日に定年退官する予定だった。しかし、昨年12月末、保釈中のカルロス・ゴーン氏が国外逃亡し、社会に激震が走った。まさしく東京高検管内の東京地検が公判前整理手続を遂行していた困難極まりない事件だった」

「逃走の経緯や逃走を手助けした国内外の関係者に対する捜査、ゴーン氏の所在確認、身柄確保、引き渡しなどの対応のため、東京高検は最高検の指揮を仰ぎつつ、東京地検にさまざまな指示を下すとともに、刑事課、国際課、総務課、入国管理局など法務省の各部署、警察庁、警視庁、外務省、関係各国の大使館や司法当局、ICPOなどのほか、何よりも官邸と折衝しなければならなくなった」

「国際問題に発展しかねないような、わが国にとっての緊急事態であり、とりわけ東京高検・地検は官邸や法務省と連携を密にする必要があった」

「こうした事態において、法務省勤務が長く、関係当局にも顔が広い黒川氏の人脈は余人をもって代えがたかった。黒川氏が定年を迎える2月8日までにゴーン氏の件が解決する見込みもなかった」

「そこで1月に入り、国家公務員法の規定による定年後の再任用や、勤務延長が可能か否かを検討し始めた。法務省としては、黒川氏がいったん定年退官したのち、再任用するというプランも考えていたわけで、はじめから勤務延長ありきということではなかった」

「法務省が原案をとりまとめ、人事院に問い合わせたところ、再任用の規定は検察官に適用できないが、勤務延長の規定であれば適用可能だという回答を得た」

「この結果、いったん定年退官して再任用するという道が閉ざされたため、ひとまず半年間ということで、法務省が黒川氏の勤務延長を行うことを決め、法務大臣から総理大臣に閣議の開催を上申した」

「よって、黒川氏の勤務延長は官邸ではなく、法務省が自ら言い出したことに間違いない。もちろん、定年による退官が前提となる再任用を検討しているところからも明らかなとおり、次の検事総長人事のためでもなかった」

黒川氏が具体的に何をやったのかもポイント

 ただ、もし本当にこうした話であれば、「震災のときに検察官が最初に逃げた」といった舌禍事件を起こすことなく、森まさこ法相がそのままの事実を答弁しておけばよかったのではないかという疑問が残る。

 森法相は建前論の答弁を繰り返すとともに、「詳細については、個別の人事に関することである上、捜査機関の活動内容やその体制にかかわる事柄でもあることから、お答えを差し控えさせていただきます」といった紋切り型の答弁で国会を乗り切ろうとした。

 ほんの少し踏み込み、「皆さんご存知のように、例のゴーン氏の件で検察は大変なことになっていまして、法務省を含めた関係当局と折衝できる人脈をもつのは、検察全体を見渡しても、黒川氏しかいないんです」とでも言っておけばよかったのではないか。

 それでも、黒川氏の勤務延長からすでに3か月以上が経過する中、黒川氏は彼以外にできないことを具体的に何かやったのかとか、その力量によってゴーン氏の身柄引き渡しが実現されることなどあり得ないのではないか、といった疑問も呈されるだろう。

司法の判断が重要

 いずれにせよ、今国会における検察庁法の改正は見送られた。

 しかし、黒川氏の勤務延長が「違法」ではないかという法的な問題は残されたままだし、たとえ黒川氏がどこかのタイミングで辞めたからといって、その問題が消えてなくなるわけでもない。

 司法判断を仰ごうという動きもあると聞くが、もしそうなれば、国家公務員法の勤務延長に関する規定が検察官にも適用されるのか否か、裁判所の見解が重要となる。

 ちなみに最高裁は、国会で「裁判官につきましては、定年延長に関する法律の規定が存在しないということから、定年延長を行った前例はございません」と答弁しているところだ。(了)

(参考)

 本稿冒頭に記載した「1月に法務省と人事院などで協議したことをうかがわせる文書」は、政府から衆議院予算委員会に提出された書面であり、黒川氏の勤務延長に関する決裁の経過が問題とされた2020年2月26日の同委員会の質疑の中で黒岩宇洋議員、谷公一議員、枝野幸男議員、玉木雄一郎議員が取り上げているもの。

 同委員会の議事内容は議事録アーカイブ動画で見ることができる。

 特に玉木議員の質疑では、一部の文書を拡大したパネルを使い、実際にいつ作成された文書なのかを問いただしているので、その文書の内容まで確認できる。

 また、本稿で「法務大臣から総理大臣に閣議の開催を上申した」という部分については、大阪弁護士会の山中理司弁護士が情報公開請求で入手し、ネット上に公開している「法務省人検第18号」文書などがそれに該当する。

 なお、本件については、次の拙稿も併せてご一読されたい。

●拙稿「検事長の勤務延長は官邸ではなく法務省から言い出した話? 求められる真相解明

●拙稿「ねじれの発端は『えこひいき』 検察官の定年延長、いま急いで決める必要はある?

●拙稿「ノート(番外) 検察官の定年延長をめぐる諸問題に思うこと

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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