検事長の勤務延長は官邸ではなく法務省から言い出した話? 求められる真相解明

(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 黒川弘務・東京高検検事長の勤務延長問題について、安倍晋三首相が、法務省側の提案であり、官邸側はこれを了承したにすぎないと主張するという。事態は新たな展開を迎えた。真相の徹底解明が求められる。

降って湧いたような話

 報道によれば、次のような話だ。

「首相官邸の介入が取り沙汰される黒川弘務・東京高検検事長の定年延長に関し、安倍晋三首相は、法務省側が提案した話であって、官邸側はこれを了承したにすぎないとの説明に乗り出す構えだ」

「検察官の定年に関する従来の法解釈を変更し行ったと説明している異例の人事は、あくまでも同省の意向に基づくと主張し、理解を求める」

「黒川氏の定年延長を法務省が持ち出したとする説明は、首相が15日のインターネット番組で言及した」

出典:共同通信社

 要するに、安倍首相は、法務省のプランを呑んだだけで、政権が検事総長や検事長の人事に不当に介入したという疑惑を完全に否定しているわけだ。

なぜ法務検察が?

 確かに、1月中旬から下旬にかけ、法務省内で国家公務員法の勤務延長規定が検察官にも適用されるか否か検討され、内閣法制局や人事院ともすり合わせが行われたことをうかがわせる書面はある。

 また、黒川氏の勤務延長が決定された問題の閣議は、1月29日付けの「法務省人検第18号」書面により、法務大臣から総理大臣あてに申し入れた形となっている。

 この書面には、その理由として次のような事情が挙げられている。

「東京高等検察庁管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するためには、同高等検察庁検事長黒川弘務の検察官としての豊富な経験・知識等に基づく管内部下職員に対する指揮監督が必要不可欠であり、同人には、当分の間、引き続き同検事長の職務を遂行させる必要がある」

 しかし、問題は、なぜ法務検察がこれまで検察官に対して前例がなく、「違法」とも評価されうるような勤務延長の手続を無理に行わざるを得なくなったのか、という点だ。

 元日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏をめぐる一連の容疑も、主役や舞台は派手だが、突き詰めて考えると民間企業のトップが会社を私物化していた疑いありというだけの事件だ。

 国外逃亡で話が大きくなったものの、たとえ黒川氏が半年ほど東京高検検事長を務め、さらに次の検事総長になったとしても、黒川氏の力量によってゴーン氏の身柄引き渡しが実現されることなどあり得ない。

 いくらでも代わりがいるし、むしろ代わりがいなければ組織として危うい。

 現に、勤務延長からすでに3か月以上が経過したが、黒川氏は彼でなければできないことを何もやっていない。

ちょっと無理筋では…

 そもそも、もし検事総長の稲田伸夫氏が本気で黒川氏を後任に据える腹づもりだったのであれば、わざわざ黒川氏の勤務延長といったイレギュラーなやり方をとらず、端的に黒川氏の誕生日前に勇退すればすむ話だ。

 検事総長が就任から2年で後進に道を譲るというのは単なる慣例であり、これよりも短い期間で交代した例はあるし、2018年7月に検事総長に就任した稲田氏も、2020年7月に引退することが義務付けられているわけでもない。

 法務検察の人事は「ところてん」のような玉突き方式であり、トップの検事総長がいつ辞める意向なのかということを早い段階で見すえたうえで、ほかの幹部の人事異動案も作成される。

 むしろ、稲田氏は7月まで務めたあと、名古屋高検検事長の林眞琴氏を後任に据えようと考えており、法務検察もこれを前提とした幹部人事案を作成していたものの、「黒川氏を検事総長に」という意向が法務検察の外からきて、その意向に添うようなつじつま合わせが行われたと考えるほうが自然だ。

 黒川氏が63歳の定年を迎える2月8日の直前の1月中旬から下旬にかけ、急にバタバタと法務省内で勤務延長の件が検討されているのも、そうした背景をうかがわせる。

 もし最初から稲田氏のプランが黒川氏の勤務延長後に勇退し、黒川氏にバトンを渡すというものだったのであれば、法務省ももっと早い時期、少なくとも2019年後半には国家公務員法の勤務延長規定が検察官に適用されるか否かの検討を始め、人事院や内閣法制局などとも何度もすり合わせを行ったはずだ。

 法務省だけでなく、人事院や内閣法制局でも文書による決裁を行い、具体的な経過を書面に残す必要があり、それには相当の時間を要するからだ。

 それが上下左右の意思統一と決裁印を重んじる役所の本来の姿だ。

担当者のポカも

 この件を検討した法務省の担当者が役人として大きなポカをしているのは、国家公務員法の勤務延長規定は検察官に適用されないという過去の政府答弁に関する議事録の存在を完全に見落とし、適用可能だという方向で法務大臣まで話を上げている点だ。

 法務省内で勤務延長規定の適用が検討されたことをうかがわせる書面にも、この政府答弁のことや過去の解釈との整合性に関する検討が欠落している。

 国会審議の中で森まさこ法務大臣が議員から詰め寄られ、バタバタと探してみたら確かにそうした過去の政府答弁があったため、急きょ、「解釈を変えた」「口頭決裁を経た」などとご都合主義も甚だしい答弁に終始し、ついには人事院をも巻き込むという騒動に至ったのだろう。

 法務省内で早い段階から検討が行われていれば、過去の政府答弁に関する議事録を見落とすことなど考えられない。

真相解明を

 いずれにせよ、安倍総理の話が事実であれば、これまで国会で審議されてきた前提と大きく食い違ってくる。

 なぜ今になってそんな話が出てくるのか、ということにもなる。

 法務大臣や検事総長、法務事務次官、刑事局総務課長、担当参事官ら関係者のほか、黒川弘務氏の証人喚問などにより、真相の解明が求められる。

 法務検察の関係者が財務省のように首相の意向を忖度した証言に終始するのか、彼らの対応が注目される。

 少なくとも、自殺者がでるような事態だけは避けなければならない。(了)

(参考)

 本稿に記載した「内閣法制局や人事院ともすり合わせが行われたことをうかがわせる書面」は、政府から衆議院予算委員会に提出された書面であり、黒川氏の勤務延長に関する決裁の経過が問題とされた2020年2月26日の同委員会の質疑の中で黒岩宇洋議員、谷公一議員、枝野幸男議員、玉木雄一郎議員が取り上げているもの。

 同委員会の議事内容は議事録アーカイブ動画で見ることができる。

 特に玉木議員の質疑では、一部の文書を拡大したパネルを使い、実際にいつ作成された文書なのかを問いただしているので、その文書の内容まで確認できる。

 また、本稿で挙げた「法務大臣から総理大臣あてに申し入れた形」という部分は、大阪弁護士会の山中理司弁護士が情報公開請求で入手し、ネット上に公開している「法務省人検第18号」文書などがそれに該当する。

 なお、本件については、次の拙稿も併せてご一読されたい。

●拙稿「黒川弘務氏の勤務延長、法務省から言い出したとして想定されるストーリーは?

●拙稿「ねじれの発端は『えこひいき』 検察官の定年延長、いま急いで決める必要はある?

●拙稿「ノート(番外) 検察官の定年延長をめぐる諸問題に思うこと

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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