Yahoo!ニュース

「コロナで中止なら五輪チケット払い戻し不可」は大問題 法的にはどうなる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 新型コロナでオリンピック中止の場合、チケットの払い戻しができない見通しだと報じられた。本当か。また、中止だと「幻の2020東京五輪」として希少価値が上がるであろう無効チケットの転売は許されるか――。

報道の内容は?

 報道によれば、次のような話だ。

「新型コロナウイルスの感染拡大を理由に東京オリンピック(五輪)・パラリンピックが中止となった場合、大会組織委員会が定める観戦チケットの購入・利用規約上、払い戻しはできない見通しになっていることが18日、大会関係者への取材でわかった」

「組織委は規約で『当法人が東京2020チケット規約に定められた義務を履行できなかった場合に、その原因が不可抗力による場合には、当法人はその不履行について責任を負いません』と明記している」

「そして、『不可抗力』について、『天災、戦争、暴動、反乱、内乱、テロ、火災、爆発、洪水、盗難、害意による損害、ストライキ、立入制限、天候、第三者による差止行為、国防、公衆衛生に関わる緊急事態、国または地方公共団体の行為または規制など、当法人のコントロールの及ばないあらゆる原因をいいます』と定めている」

「大会関係者によると、新型コロナウイルスが原因で中止となった場合、この規約の『公衆衛生に関わる緊急事態』にあてはまるという」

出典:朝日新聞

民法に抵触するおそれ

 確かに、公益財団法人である東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が定めた「東京2020チケット購入・利用規約」には、報道に出てくる規定がある。新型コロナの影響で開催を中止するということだと、まさしく「原因が不可抗力による場合」にあたるだろう。

 しかし、だからといって、「その不履行について責任を負いません」という部分がチケットの払い戻しまでしないということを意味しているとは言えない。

 むしろ、観戦のために飛行機や新幹線、ホテルを予約していた場合のキャンセル料など、開催中止に伴って購入者が被ることになる様々な損害について、委員会側が賠償責任を負わないというだけの話ではないか。

 この点、東京マラソンでは、新型コロナを理由として一般ランナーの参加が中止になったものの、参加料の返金は行われなかった。

 というのも、先ほどの規約と異なり、東京マラソンの規約の場合、積雪や増水、地震、関係当局による中止要請など、参加料を返金するケースを具体的に列挙した上で、「それ以外の大会中止の場合、返金はいたしません」と明確に規定していたからだ。

 そうすると、オリンピックのチケット代金については、民法の次の規定によって処理されるべきだ。

「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない」(民法536条1項)

 これにより、新型コロナという、委員会側の責任でも購入者側の責任でもない理由によって開催が中止となった場合、契約が無効ということで、委員会側はチケット代の払い戻しを要するはずだ。

 チケットの購入者は世界各国に上るが、先ほどの規約では、あくまで日本の法律に基づいて処理され、もし協議によって紛争が解決しなければ、東京地裁で裁判が行われる取り決めとなっている。

消費者契約法の規定もある

 さらに、もし委員会が先ほどの規約を盾に払い戻しを拒否すれば、民法や消費者契約法の次の規定によって、その規約自体が無効だと争うことも可能だ。

「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」(民法1条2項)

「消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」(消費者契約法10条)

 現に委員会も、朝日新聞の報道を受け、次のようなコメントを出している。

「規約には『払い戻しは不可』との記載はなく、報道は事実とは異なる」

 確かにそのとおりだ。むしろ規約の中には、委員会が自らの裁量でセッションを中止でき、その場合には購入者は払い戻しを申請できるといった規定まであるほどだ。

 規約では、払い戻しの対象はチケットの券面額を上限としており、発行や配送、代金決済などに要した手数料は対象外とされている。

 それでも、もし中止の場合に委員会側が券面額の払い戻しを拒否すれば、法的問題に発展する。不満がある購入者は、東京地裁に裁判を起こすことが可能だ。購入者が多数に上ることから、集団訴訟の様相を呈することだろう。

無効チケットは転売できる?

 では、理由が何であれ、もし本当に開催が中止になった場合、無効となったチケットの払い戻しをしないまま手もとに置いていたり、転売することは可能だろうか。

 電子チケットだとあまり意味がないが、2020年4月から窓口販売が予定され、6月以降に先行当選者に対して発送が予定されている紙のチケットであれば、「幻の2020東京五輪」ということで、開会式などその種類によっては「記念品」としてのプレミアがつき、コレクターの間で高値で売り買いされる可能性があるからだ。

 この点、周知のとおり、チケット不正転売禁止法が2019年6月に施行されており、オリンピックの入場チケットなどを不正に転売することは罰則付きで禁じられている。

 ただ、この法律で転売が禁止されているチケットとは、それを提示することによって興行を行う場所に入場することができるものに限られている。文字どおり、受付に提示したらそのまま会場に入ることができるチケットを意味する。

 そうすると、開催中止が決定し、無効となってしまったチケットの場合、同時に「興行を行う場所」そのものがなくなるわけだから、そこに入場するということもありえなくなる。

 たとえ無効チケットを購入時の定価より高く転売しても、チケット不正転売禁止法で処罰されることはない。

ここでも規約による縛り

 ところが、ここで先ほどの規約の存在が重要となる。チケットについては、次のように規定されているからだ。

「すべてのチケットの所有権は当法人に帰属するものであり、チケットが無効となった場合またはチケットが東京2020チケット規約に違反して販売もしくは使用された場合には、当法人はチケット保有者に対してチケットの返還を求めることができます」(規約4条1項)

「チケット保有者は、チケットの内容および東京2020チケット規約の定めに従って、会場に入場し、セッションを観覧し、当法人の指定する座席またはスペースを使用することができます」(規約4条2項)

 「当法人」とは組織委員会を意味する。すなわち、チケットの所有権は委員会に帰属している一方で、チケットの保有者は単にその内容や規約に基づいて会場の指定座席などで観覧できるだけ、ということになる。

 もしチケットが無効になれば、逆に委員会のほうから保有者にその返還を求めることができるというわけだ。

 あまり知られていないが、例えばキャッシュカードやクレジットカード、スマホのSIMカードの所有権も、規約では銀行やカード会社、通信会社に帰属するとされている。もし保有者が他人に譲渡などをすれば、刑法の横領罪に問われうる。

 もちろん、こうしたチケットに関する規約の解釈などについては、なお検討の余地はある。それでも、無効チケットの転売が「横領」と評価される可能性は残る。

 とはいえ、委員会がそこまで目くじらを立て、購入者との間でことを荒立てるようでは、次の日本での開催が歓迎されることなどないだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

前田恒彦の最近の記事