新宿のマンションでベランダ越しに女性宅を盗撮 最高裁の事務官が逮捕されたワケ

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 最高裁の事務官が盗撮容疑で逮捕された。新宿のマンションで、棒の先に付けた小型カメラをベランダ越しに女性の部屋に差し向け、撮影したという。これが千葉や埼玉、茨城などであれば逮捕できなかった。なぜか――。

【軽犯罪法違反は文字通り軽い】

 報道によれば、次のような事案だ。

「13日午前1時前…自宅マンションで、20代女性が住む別の部屋を…棒の先に小型カメラを取り付け、自分の部屋からベランダ越しに盗撮」

「女性が気付いて110番し、駆け付けた牛込署員がマンション付近で不審な動きをしていた容疑者に事情を聴いたところ、盗撮を認めた」

「『女性の着替えや下着姿が見たかった』と供述しているという」

出典:時事通信

 盗撮一般をストレートに規制し、処罰する国の法律は存在しない。軽犯罪法が「正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」を拘留(こうりゅう)または科料(かりょう)に処すると規定しているので、これを使うことが考えられる。

 しかし、拘留(読み方は同じだが捜査段階で逮捕に続いて行われる「勾留」とは異なる)は1日以上30日未満の身柄拘束、科料は千円以上1万円未満の金銭罰であり、あまりにも刑罰が軽すぎる。

 しかも、刑事訴訟法では、拘留・科料に当たる軽微な犯罪だと、現行犯逮捕は犯人の住居・氏名が明らかでない場合か、逃亡するおそれがある場合に限って可能だ。逮捕状による逮捕も、定まった住居を有しない場合か、正当な理由がなく警察官らの出頭要求に応じない場合に限られている。

 今回の事務官は住居や氏名が明らかだし、臨場した警察官に対して即座に容疑を認めており、逃亡のおそれもなかった。警察官らの出頭要求に応じないという事態も考えにくい。軽犯罪法違反による立件であれば、逮捕できなかった。

 盗撮事件の場合、他人の家や事務所、飲食店、ショッピングセンターなどに盗撮用のカメラを設置した点に着目し、住居侵入罪や建造物侵入罪で逮捕することも多いが、今回は自宅マンションでベランダ越しにカメラを差し向けただけだから、これも使えない。

【迷惑防止条例はバラバラ】

 一方、各都道府県は、迷惑防止条例で「卑わいな行為」として痴漢とともに盗撮を禁じている。刑罰は6月~1年以下の懲役または50~100万円以下の罰金だ。常習犯であれば加重される。

 しかし、もともとは繁華街などをうろついて暴行やゆすり、たかりをする不良集団など、パブリックな空間で社会一般の人に迷惑をかける行為を防止するための条例だ。

 そのため、規制範囲を不特定・多数の者が出入りしたり乗り降りする「公共の場所」や「公共の乗物」に限るなど、自らその適用範囲に縛りをかけてきた。

 そうなると、学校の教室や会社の事務所、集会場、カラオケボックス、タクシーなど、不特定であるが少数の者だけとか、多数だが特定の者しか出入りしない場所や乗物での盗撮や、一部の者しか利用できない便所、浴場、更衣室における盗撮を厳しく処罰することができなくなる。

 今回のように、個人の住居から他人の住居内を盗撮したというケースだと、ますます無理だ。そこで、自治体の中には、条例を改正し、盗撮の規制範囲を広げるところも出てきた。

 例えば、(1)同じ顔ぶれではあるものの多数の者が出入りする場所や乗物にまで広げるとか、(2)個人の住居や浴場、便所、更衣室などを含め、通常、人が衣服の全部又は一部を着けない状態でいるような場所にまで広げるといったものだ。

 ただ、47都道府県のうち、(1)(2)のいずれにも対応できているのは、東京都のほか、北海道、宮城県、福島県、新潟県、愛知県、石川県、福井県、兵庫県、和歌山県、島根県、徳島県、大分県、熊本県、沖縄県だけだ。

 しかも、今回のマンションがある東京都も、2018年7月1日施行の条例改正でようやく規制範囲の拡大が行われたものであり、1年を経たばかりだ。

 また、(2)だけに対応できているのが秋田県、神奈川県、群馬県、静岡県、奈良県、福岡県などと、自治体によってバラバラだ。

 青森県、岩手県、茨城県、埼玉県、千葉県、長野県、広島県、山口県に至っては、「公共の場所」「公共の乗物」に限定されたままであり、対応が遅れている。

【同じことをやっても】

 この結果、今回と同じ盗撮に及んだとしても、(2)に対応済みの東京都や神奈川県、愛知県などであれば迷惑防止条例で処罰できるのに、(2)に対応できていない自治体だとこの条例が使えず、原則論に戻って軽犯罪法でしか処罰できないことになる。

 すなわち、今回、最高裁の事務官が逮捕されたのは、犯行場所が新宿のマンションであり、東京都の迷惑防止条例違反で検挙可能だったからにほかならない。条例は法律と違ってその自治体内でしか効力がないから、どうしてもこうしたバラつきが生じる。

 しかし、被害者からすると、盗撮の場所がどこであろうが同じであり、広く処罰すべきという声も根強い。

 この問題は、民泊を舞台とした盗撮事件でも同様だ。民泊のオーナーがその管理する客室に盗撮用のカメラを取り付け、宿泊客を盗撮するといった例がままある。「公共の場所」にあたらないといった理由から迷惑防止条例が使えない自治体だと、軽犯罪法による軽い処罰にとどまらざるを得ない。

 形式犯にすぎない無許可の民泊営業ですら旅館業法違反として最高で懲役6か月に処されるのと比べても、実害が大きい盗撮のほうが軽犯罪法違反という遥かに軽い処罰で終わるというのは不合理だ。

 迷惑防止条例による検挙件数に限っても、盗撮事件は1年間で3千件超、東京都だけで600件超にも上っている。「盗撮罪」などという形で立法化し、正当な理由のない盗撮を法律で禁止するなど、全国一律の規制や厳罰化が求められる。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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