事故で「交通弱者」の歩行者が書類送検 異例の判断が下された理由

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

 横断歩道を歩いて横断中、直進してきたバイクと衝突し、首の骨を折る重傷を負った41歳の男性が、逆に書類送検された。なぜか――。

【目撃者あり】

 事故は2019年1月16日深夜、静岡市内の交差点で発生した。歩行者の男性と衝突したバイクは転倒し、運転していた47歳の男性が死亡した。歩行者の男性は酒に酔っており、事故に対する詳細な記憶がなかった。

 しかし、現場周辺にいた通行人ら複数の目撃者の証言から、バイクの対面信号は青であり、歩行者の男性が赤信号を無視していたばかりか、バイクに気づいたのに回避措置をとっていなかったことが判明した。

 それでも、道路交通法は、横断歩道に近づいたドライバーに対し、横断する歩行者がいないか確認のうえで、現に横断し、あるいは横断しようとしているときは、横断歩道の手前で一時停止しなければならないとしている。横断歩道は「歩行者優先」だからだ。

 そこで警察は、バイク側にも前方不注視の過失があり、一部とはいえ事故の責任があったとして、死亡した男性を過失運転致傷罪の容疑で書類送検した。「被疑者死亡」だから、検察の刑事処分は不起訴になる。

 一方、警察は、歩行者の男性のほうが事故の主たる原因だとして、退院後の6月3日にこの男性を重過失致死罪の容疑で書類送検した。最高刑は単なる過失致死罪が罰金50万円であるのに対し、重過失致死罪は懲役5年と格段に重い。

 歩行者が交通事故の「加害者」として、それも重過失傷害罪ではなく重過失致死罪で立件されるのは極めて異例だ。自動車やバイクなどと比べ、歩行者は「交通弱者」とされているし、それらとの衝突事故で死亡したり重傷を負うのは、圧倒的に歩行者のほうが多いからだ。

【「信頼の原則」】

 ただ、道路交通法は、事故防止のため、歩行者にも信号機の信号表示に従う義務を負わせている。しかも、信号無視をした歩行者には、最高で罰金2万円が科されることになっている。

 また、交通事故におけるドライバーの過失の有無や程度は、「信頼の原則」に基づいて検討される。事故の相手方が交通ルールに従った適切な行動をとるであろうと信頼してもよい場合には、その者の不適切な行動によって生じた事故の責任を負わないといった考え方だ。

 相手が信号を無視することまで予見しながら運転しろとか、交通ルール無視の相手に対する関係でも事故を回避しろというのは、さすがにドライバーに対して酷だからだ。円滑な交通の流れを阻害することにもなる。

 もっとも、一般に歩行者相手の事故には「信頼の原則」は適用されない。「交通弱者」だし、運転免許証を保有していない限り、詳しい交通ルールを学ぶ機会がないからだ。それでも、赤信号で道路を横断することが許されないことくらいは、小学生でも知っていることだ。

 民事でも、横断歩道上の「自動車vs歩行者」の事故の場合、ドライバーが青信号で直進、歩行者が赤信号で横断という状況であれば、基本過失割合は「ドライバー3割:歩行者7割」と歩行者に不利なものとなっている。

 2019年3月にも、北九州市の交差点で横断歩道近くの道路を歩いて横断中、直進してきたバイクと接触し、足の骨を折る大けがをした70歳の男性が、重過失傷害罪で書類送検されている。

 2018年11月の事故だったが、赤信号を無視しており、青信号に従っていたバイクを転倒させ、運転していた77歳の男性に加療約1か月を要するくも膜下出血などの重傷を負わせたからだ。

【歩行者も交通ルール遵守を】

 このように、事故の状況によっては歩行者が刑事責任を問われる事態になり得る。たとえ歩行者自身が事故で負傷していたとしても、保険会社から得られる損害賠償額などは過失割合を考慮して格段に少なくなるし、逆に相手方から損害賠償などを求められることも考えられる。

 警察の統計によると、2018年に都内で発生した交通死亡事故のうち、死亡者の42%が歩行中だったし、信号無視や横断違反など歩行者に何らかの交通違反があったケースが56.7%にも上っていた。

 交通事故を防ぎ、被害者のみならず加害者となることを避けるために、信号を守るとか、横断禁止場所では横断しないなど、歩行者も基本的な交通ルールを遵守する必要がある。

 一方、今回は目撃者がいたことで事故状況も明らかになったが、それが期待できない時間帯や場所もある。歩行者を死亡、負傷させる事故を起こせば、刑事・民事ともにドライバーに不利に進むのが一般だ。

 自らに落ち度がなかったことやその程度が低かったことを明らかにするために、ドライバーのほうもドライブレコーダーを搭載しておいたほうがよいだろう。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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