「ヤメ検」から「無罪請負人」に鞍替え ゴーン氏の弁護人戦略の狙いは

(写真:ロイター/アフロ)

 カルロス・ゴーン氏の弁護人として、「ヤメ検」すなわち検察庁を辞めた元検事で元東京地検特捜部長の大鶴基成弁護士が辞任し、新たに刑事弁護を専門とする「無罪請負人」こと弘中惇一郎弁護士が就任した。

【ベターな選択】

 大物の「ヤメ検」が弁護人だからといって、現場の特捜検事らが捜査の手を緩めるようなことなどない。

 それでも、特に特捜経験が豊富な元検察幹部であれば、特捜部がどの範囲まで捜査をし、どのような証拠をどのタイミングでいかに収集しているか、といった勘所を押さえている。

 検察内部の決裁時期や担当者の顔ぶれ、彼らの思考回路、処理・求刑基準なども理解しているので、起訴前の捜査段階における弁護だと、まずまず役立つ存在といえるだろう。

 しかし、起訴後の弁護、特に検察と公判でガチンコ対決となるケースだと、例外もあるものの、刑事弁護を専門とするプロパーの弁護士、とりわけ独自調査に丹念に取り組み、検察が設定した枠をこえて戦おうとする弁護士と比べ、主張の組み立て方や証拠の見方、尋問のやり方などが優れているとは限らない。

 弘中惇一郎弁護士とは、厚生労働省虚偽証明書事件で弁護人として相まみえたほか、陸山会事件で小沢一郎代議士の裁判に証人出廷した際、尋問を受けたことがある。

 他方、辞任した大鶴基成弁護士とは、彼が東京地検の特捜部長時代に特捜部員として仕え、最高検検事時代には陸山会事件に関して指揮を受けたことがある。

 両者を知る者からすると、ゴーン氏が本気で無罪を勝ち取ろうと思うのであれば、やや遅きに失したとはいえ、弘中弁護士を選択したのはベターな判断だったと思われる。

 刑事弁護の経験がはるかに豊富だからということだけではない。

 検察側から開示された証拠に拘泥せず、自ら現場に赴いたり、検証したり、事件関係者から事情聴取を行うなど、検察が把握していない客観証拠や証人探しに奔走し、検察の想定外の土俵で戦おうとするから、公判段階で新たな事実が飛び出して裁判が紛糾し、検察にとって思わぬ展開となることも多いからだ。

 検察の“ほころび”を見抜いて突くという独特のセンスや嗅覚も鋭く、公判での尋問の組み立て方や発声、立ち位置、異議の出し方も上手い。マスコミ対応にも手慣れている。現に数々の無罪を得るなど、成果も上げている。

 弁護団組替えの時期としても、まさしく絶妙なタイミングといえよう。

 2月14日に裁判所、検察、弁護人が集まって初めて行われる三者協議の前であり、これからようやく公判前整理手続に向けた動きが本格化し、今後のおおまかな日程を決めたり、それに基づいて検察側による主張提示や証拠開示、追起訴見込みの提示などが行われようとするところだからだ。

【牧歌的な時代を経て】

 この弘中惇一郎弁護士については、すでに様々な報道でその実績などが報じられている。ここでは、半世紀前のことにはなるが、弘中弁護士が司法試験に合格した後、司法研修所や実務庁で司法修習生として過ごした時のエピソードを紹介しておきたい。

「つまらない授業には出ないというのが当たり前で、櫛の歯が抜けたような教室で、教官が『少し真ん中に集まれ』などと言ったりしていた」

「最初の修習は刑事裁判」「久里浜の少年院での出張尋問時には、なぜか裁判官も書記官も全員水着を持参していて、午前中に尋問を終えると昼からそのまま三浦海岸で海水浴に興じることになった」

「その次は弁護修習」「年配のボス弁と2年目のイソ弁の事務所であったが、とにかく暇そうで、弁護士は昼から2人で碁ばかり打っていた」

「3番目の民裁修習」「証人尋問の行われていた法廷で、裁判長の横に座っていたところ、同期の3人組が『麻雀のメンバー1人が足りない』と呼びに来た。さすがに困ったが、1人足りないのならやむを得ないと決断して、『ちょっと急用ができたので失礼します』と丁寧に挨拶をして、目を丸くしている裁判長を後に法廷から飛び出していった」

「最後の検察修習の時には、取り調べ修習を拒否した」「それでも指導の検察官にはひどく可愛がられて、飲み歩いた上、自宅に泊めてもらったこともあった」

「後期修習は、任官希望者は急に起案に熱心になっていたが、私自身は『官僚にならずに弁護士になる』と決めて研修所に入った時点で選択を終えていたので、任官の気持ちは全くなかった」

「最後の終了式には興味もなかったのでさぼることとし、この休暇を利用して新婚旅行に出かけた。こうして研修所生活は終わった」

出典:弘中惇一郎「東京弁護士会『LIBRA(Vol.8 No.9 2008/9)』」

 「弁護人の仕事は黒を白にすることではない」と公言し、自らが「無罪請負人」と呼ばれることに抵抗感を示す弘中弁護士らしいエピソードだ。

 それとともに、今の司法修習では考えられないほど、実務家をのびのびと育てる牧歌的な時代を経てきたといえるだろう。

【ドリームチームの結成なるか】

 注目されるのは、ゴーン氏が、今後の捜査や公判対応のため、弘中弁護士のほか、わが国で刑事弁護に強いとされている弁護士を次々と選任し、最高かつ最強のドリームチームを結成するのではないか、という点だ。

 豊富な資金力を抱えるゴーン氏であれば、弁護料も十分にまかなえることだろう。

 すでに東京圏から、高野隆弁護士が弁護団に加わる予定だとの報道もある。

 刑事弁護のプロ中のプロで、理論的裏打ちに基づく強固な刑事弁護を行い、東京法廷技術アカデミーを主宰するなど後進の指導にも熱心な弁護士だし、英語にも堪能だ。

 このほか、現職検事時代、「この人は本当に凄い」と感心した刑事弁護専門の弁護士として東西から一人ずつ挙げるとすると、東京圏から神山啓史弁護士、大阪圏から後藤貞人弁護士の名前が浮かぶ。

 前者は東電OL殺人事件などで無罪を勝ち取っているし、後者も性的被害を受けたというウソの証言で約6年も身柄拘束がなされたえん罪事件などで無罪を勝ち取っているプロ中のプロだ。

 もちろん、仮に彼らまで弁護団に加わり、さらに実動部隊として全国から優秀な若手や中堅の弁護士が選びぬかれ、ドリームチームが結成されたからといって、あらゆる事件を無罪にできるというわけではない。

 それでも、検察にとって手強い相手になることは間違いない。

 特捜部は、日産から資金が流れた中東各国に対し、国際組織犯罪防止条約に基づく捜査協力の要請を行っている。裁判のみならず、捜査の行方からもまだ目が離せない。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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