「燃やしてしまえ」 暴言と犯罪の線引きは?

明石・魚の棚商店街(筆者撮影)

 道路拡幅事業をめぐる立ち退き交渉の過程で、明石市長が担当の幹部職員に「燃やしてしまえ」などと述べたという。暴言と犯罪の線引きについて見てみたい。

 まず、立ち退きに応じないビルの放火を指示し、あるいは唆(そそのか)したということで、放火罪の共謀や教唆が考えられる。バブル期に横行した暴力団関係者による悪質な地上げの典型的な手口だ。

 しかし、この事案ではいずれも成立しない。指示などをしただけではダメで、現に実行犯が犯行の実行に着手していなければ共犯者を処罰できないというのが刑法の立場だからだ。

 この問題をクリアするため、2017年の組織犯罪対策法改正で犯行の実行を要件としないテロ等準備罪、すなわち共謀罪が盛り込まれたが、これも使えない。具体的で現実的な犯行計画の合意やそれに基づく実行の準備行為に至っていなければならないし、そもそも組織的な犯罪集団にしか適用できないからだ。

 では、担当の幹部職員らが実際に放火に及んでいたらどうか。暴言が犯罪に当たるか否かは、暴言に至った経緯や動機、具体的な暴言の中身とその際の状況、その後の状況のほか、特に教唆などの場合には犯罪の実行に向けた真剣さなどが重要となる。

【実際の発言内容は…】

 この点、問題発覚当初の報道では、放送時間や紙面の制限もあり、発言の一部を切り取って編集したものが目立った。ようやく前後の状況まで判明したのは、次の報道からだ。

職員「オーナーの所に行ってきた。概算で提示したが、金額が不満」

市長「そんなもん6年前から分かっていること。時間は戻らんけど、この間何をしとったん。遊んでたん。意味分からんけど」

職員「金額の提示はしていない」

市長「7年間、何しとってん。ふざけんな。何もしてへんやないか7年間。平成22年から何しとってん7年間。金の提示もせんと。楽な商売じゃお前ら。あほちゃうか」

職員「すいません」

市長「すまんですむか。立ち退きさせてこい、お前らで。きょう火付けてこい。燃やしてしまえ。ふざけんな。今から建物壊してこい。損害賠償を個人で負え。安全対策でしょうが。はよせーよ。誰や、現場の責任者は」

職員「担当はおります。課長が待機していますが」

市長「上は意識もしてなかったやろ。分かって放置したわけやないでしょ。任せとっただけでしょ。何考えて仕事しとんねん。ごめんですむか、こんなもん。7年間放置して、たった1軒残ってもうて。どうする気やったん」

市長「無理に決まっとんだろ、そんなもん。お前が金積め。お前ら1人ずつ1千万円出せ。すぐ出て行ってもらえ。あほちゃうか、そんなもん。ほんま許さんから。辞表出しても許さんぞ。なめやがって。早くやっとけばとっくに終わってた話を。どないすんねん。悠長な話して。たった1軒にあと2年も3年もかけんのか。何をさぼってんねん、7年も。自分の家売れ。その金払え。現場に任せきりか。担当は何人いるの」

職員「1人しかいません」

市長「とりあえずそいつに辞めてもらえ。辞表とってこい。当たり前じゃ。7年分の給与払え。辞めたらええねん、そんな奴。辞めるだけですまんで、金出せ金も」

職員「担当は今は係長。この間係長は3回替わった」

市長「何やっとったん、みんな。何で値段の提示もしてないねん」

職員「値段は概算を年度末に提示している」

職員「市長申し訳ありませんが、予算は今年度でつんでいる。前年度は予算ついていないんで、概算しか」

市長「ついてないってどういうことよ」

職員「他の地権者の分、とってますから。丸ごと全事業費は1年間でどーんと付けられない」

市長「見通しわかっとったやろ。ややこしいの後回しにして、楽な商売しやがって」

市長「ずっと座り込んで頭下げて1週間以内に取ってこい。おまえら全員で通って取ってこい、判子。おまえら自腹切って判子押してもらえ。とにかく判子ついてもらってこい。とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください。あと1軒だけです。ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。あっこの角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。(担当者)2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。そのためにしんどい仕事するんや、役所は」

出典:神戸新聞

 さすがに「燃やしてしまえ」といった発言は明らかに危険で乱暴だ。ただ、よく読むと、死亡事故を契機とした安全対策や緊急性を要する道路拡張事業であったにもかかわらず、立ち退きに応じない1軒との交渉が難航したままで放置され、担当者も次々と変わり、何ら進ちょくを見せずに7年も経過する中、業を煮やした挙げ句の暴言だということが分かる。

 現にこの後、幹部職員らの真摯な動きで立ち退き交渉がまとまっており、工事も来年度末に完了する見込みとなっている。

 しかも、市長は、「きょう火付けてこい」「今から建物壊してこい」と威勢のいいことを言いつつ、その後、「とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください」「2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん」とも言っている。

 ビルを放火して無理やり立ち退かせることと、土下座すらしてまでビルのオーナーと交渉をし、任意に立ち退いてもらうこととは全く相容れない。

 これでは、「言葉のあやであり、実際に放火させるつもりなどなかった」といった弁解をされた場合、覆すことなど困難だ。現に問題発覚後、市長は「意図を持って発した言葉ではなく、激高した状況で暴言を吐き続けてしまった」と釈明している。

 その意味で、担当の幹部職員らが実際に放火に及んでいた場合でも、政治的、道義的責任を負うのは当然として、放火罪の共犯という刑事責任を問うのは困難だろう。

【脅迫に当たるのでは】

 もっとも、市長は、「辞表とってこい」「辞めたらええねん、そんな奴。辞めるだけですまんで、金出せ金も」などと人事権まで振り回している。市長の意に沿わない行動をすれば、幹部職員らにも同様のペナルティを与えると脅しているに等しい。

 社会的に見ると、単なるパワーハラスメントの範疇を超え、少なくとも脅迫罪が成立すると評価されるのではないか。

 さらに、幹部職員らにとって何ら義務のない放火や自己資金の提供を行わせようとしたとして、強要未遂罪の成立も考えられるが、放火の場合と同じく、「実際にそこまでやらせるつもりはなかった」と弁解されたらそれまでであり、今回の事案では困難だろう。

 あとは、幹部職員が市長の暴言をどう受け止めたかだ。この点については、録音の事実を含め、次のような興味深い報道がある。

「明石市の広報課にJ-CASTニュースが1月29日に聞いたところ、理事は、火をつけろと泉氏が言ったことは行き過ぎだと感じたとしながらも、自分が担当する工事が遅れたのは事実であり、泉氏の発言はパワハラとは思っていないと話したという」

「理事は、自分は録音していないとし、今回のことに驚いているとした。暴言を浴びたときは、ほかに市長の秘書がいたが、原則として重要な会議以外は録音しないとしている」

出典:J-CASTニュース

 この報道の内容が事実であれば、幹部職員には処罰感情がないということになるし、市長の暴言を録音したのもそれ以外の誰かということになる。

 直後には何ら事件化されず、2年近くが経過し、しかも2か月後の2019年4月には市長選が実施されるという中でマスコミに録音が流され、急きょ報じられたという経過からしても、「今回のことに驚いている」という幹部職員の発言は納得できる。少なくとも、警察が動くような話ではないだろう。

 かといって、今回のような不穏当な暴言が許されるわけではない。自治体トップの立場にある以上、部下を叱責する際には激高せず、慎重の上にも慎重に言葉を選ぶ必要があった。

 市長は辞職せず、市長選にも予定どおり出馬するという。これまでの市政に対する舵取りも評価されるとはいえ、こうした市長でもOKだということになるのか、明石市民の審判が注目される。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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