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誤判でも責任なしの国賠訴訟に思う 煮えたぎる銅汁を飲み干す閻魔大王

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 大阪地裁は、性的被害を受けたとの虚偽証言に基づいて6年も拘束され、再審で無罪となった男性の国賠訴訟において、警察や検察のみならず裁判所の責任をも否定し、男性の請求を全て棄却した。思うところを示したい。

請求棄却までの経緯

 この事件については、拙稿「性的被害を受けたというウソの証言で約6年も身柄拘束 人が人を裁く刑事裁判の怖さ」で取り上げている。14歳の女性とその2歳上の兄の証言が決め手となって養父である男性が2009年に大阪地裁で有罪となり、大阪高裁、最高裁を経て2011年に懲役12年の実刑判決が確定したものの、うそだったとわかり、2015年の再審で無罪判決が言い渡されたという事件だ。

 これまで最高裁が様々な国賠訴訟で示してきた判断結果を踏まえると、過失や違法不当な目的などなかったという理由を挙げ、裁判所ばかりか警察・検察まで救済するのが通例だった。

 かなり複雑な事情を抱えた家庭内の事件で、特殊な例だということもあり、少なくとも裁判所の訴訟指揮や事実認定の違法性までは認めないだろうと予想していたが、はたしてそれでよいのか、という話だった。いかなる事情があろうとも、警察や検察ばかりか裁判所までもがやるべきことをせず、目の前の証拠だけで誤判に及んだという事態の深刻さに変わりがないからだ。

 この点、無罪判決が確定した場合、被告人や弁護人が裁判所に出頭するために要した旅費、宿泊費、日当、弁護人の報酬は国から補償されるし、これとは別に逮捕勾留期間と服役期間を合計した日数に最大で1日1万2500円を掛けた金額が国から補償金として交付される。「賠償」とは異なるものだから、国や自治体の故意・過失の有無などを問わない。

 この男性も、再審無罪の後、約2800万円の刑事補償を受けているが、汚名を着せられ、友人や仕事も失ったわけで、それで納得できるはずがないし、名誉も回復されない。そこで男性は、2016年、警察や検察のみならず、有罪とした裁判所の責任をも問うべく、国と大阪府に約1億4千万円の支払いを求め、国賠訴訟を提起した。

 大阪府堺市のガソリンスタンドで盗難カードを使って給油したという窃盗容疑で逮捕起訴されたものの、その後の弁護人の調査でアリバイが判明し、起訴を取り消された別の男性の国賠訴訟では、2015年に大阪地裁が警察と検察の違法性を認め、総額約620万円の支払いを命じていた。

 今回の国賠訴訟では、裁判所が警察や検察のみならず、裁判所まで断罪できるのかが注目された。しかし、大阪地裁は、警察、検察、裁判所の違法性を認めず、男性の請求を全て棄却した。男性は控訴するという。

報道されていない事件の背景とポイント

 背景事情や事件のポイントを挙げると、次のようなものだ。

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元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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