恩赦と懲戒免除 なぜあるのか
皇位継承に合わせ、政府内で犯罪者の恩赦や公務員の懲戒免除が検討される一方、官房長官が後者の実施を否定したなどと報じられている。この機会に、一般に馴染みが薄いこれらの制度について取り上げてみたい。
【恩赦とは】
恩赦とは、特別な恩典として罪を赦(ゆる)すというもので、行政や立法といった裁判所以外の判断により、刑事裁判の内容やその効力を変更させたり、消滅させるという制度だ。
刑罰に関する歴史的な経緯や様々な政治的事情などを踏まえ、世界各国で広く採用されている。
例えば、2018年に限っても、アメリカのトランプ大統領が人種差別で服役した黒人初の亡きボクシング・ヘビー級王者に恩赦を与えて名誉回復を図ったり、マレーシア国王が同性愛行為で服役していた元副首相に恩赦を与えて釈放したり、ミャンマー大統領府が政治犯36名を含む服役中の受刑者8541名に恩赦を与えたことが広く報じられた。
わが国でも、中国・唐の影響を受け、大化の改新ころから天皇陛下の専権事項として始まった。
以後、その内容や対象となる犯罪などについて変転を見せつつ、奈良・平安から平成に至る長きにわたり、国家的慶弔の際などに実施され、維持され続けている。
現行憲法下では、内閣が決定し、天皇陛下が国事行為として認証するとされており、具体的な手続は恩赦法に定められている。
【恩赦の種類】
恩赦は、あらかじめ政令で対象となる罪や刑の種類、基準日などを定め、該当する犯罪者に対して広く一律に行われる「政令恩赦」と、特定の犯罪者に対して個別の審査を経て行われる「個別恩赦」とに分かれる。
また、後者は、平時から行われているもののほか、政令恩赦の要件から漏れた者などを対象として、期間を限って許可基準を緩めて行われる「特別基準恩赦」がある。
恩赦法に基づく具体的な恩赦の内容は、次の5つだ。
(1) 大赦
有罪の言渡しが確定した者に対し、その効力を失わせ、確定していない者に対し、公訴権を消滅させるもの。大赦を受けた受刑者は釈放され、被告人は免訴判決が言い渡され、被疑者は捜査が終結する。
(2) 特赦
有罪の言渡しが確定した特定の者に対し、その効力を失わせるもの。特赦を受けた受刑者は釈放される。
(3) 減刑
死刑を無期懲役に変更するなど、刑の言渡しが確定した者に対し、その刑を軽くしたり、刑の執行を軽くするもの。執行猶予中の者には猶予期間を短縮可能。
(4) 刑の執行の免除
執行猶予中の者を除き、刑の言渡しが確定した特定の者に対し、刑の執行を将来に向かって全部免除するもの。
(5) 復権
既に刑の執行を終えた者などに対し、有罪の言渡しを受けたために喪失・停止した資格を回復させるもの。選挙違反事件で停止された公民権(選挙権や被選挙権)を回復させるなど。
先ほどの政令恩赦では(1)(3)(5)が可能であり、個別恩赦では(2)~(5)が可能だ。
今回の皇位継承では、政令恩赦のほか、個別恩赦のうち特別基準恩赦の実施が検討されている模様だ。
ただし、(2)~(5)はいずれも有罪の言渡しが確定した者でなければならず、裁判中の被告人は対象外だ。
1988年に夕張保険金殺人事件の首謀者夫婦が控訴を取り下げ、早々と死刑判決を確定させたが、昭和天皇御大喪の際の恩赦で無期懲役に減刑されることを狙ったものだった。
しかし、その目論見は外れ、いずれも1997年に死刑が執行されている。
【恩赦が行われる理由】
なぜ恩赦が行われるかだが、所管庁の法務省保護局は、次のような存在意義を示している。
このうち、「恩赦にはいくつかの役割があります」と述べる点についてだが、次のようなものが考えられよう。
(a) 有罪が言い渡された当時と比べ、社会情勢や事情、法令が大きく変化した場合の救済策。例えば、両親殺しに対する刑罰は尊属殺人罪として死刑か無期懲役しか選択できない時代もあったが、1973年に最高裁が違憲としたため、尊属殺人罪による受刑者は恩赦で救済された。
(b) 重病の受刑者や重い精神障害の受刑者、えん罪が疑われる受刑者らに対する救済策。
(c) 恩赦を決定し、犯罪者に慈悲を与えることができる権力者の権威付け。
ただ、法務省が挙げているように、恩赦、特に政令恩赦が有罪の言渡しを受けた者にとって真に更生の励みとなっているかは大いに疑問だ。
国家的慶弔などいつ起こるか分からず、かつ、実際に自分が選ばれるか否かすら分からないわけで、そうした不確実な目標に向かって更生の道を邁進するとは到底考えられないからだ。
【公務員の懲戒免除とその根拠】
以上に対し、公務員の懲戒免除は、1952年のサンフランシスコ平和条約発効時に実施された政令恩赦の際、同時に制定・施行された「公務員等の懲戒免除等に関する法律」という特別な法律に基づくものだ。
すなわち、公務員が何らかの不祥事を起こすと、任命権者は法令や条例に基づいて懲戒処分を下すことができる。
その処分には、重い順に免職、停職、減給、戒告がある。
そこで、政令恩赦のうち(1)の大赦や(5)の復権が行われる際、過去の公務員の処分を将来に向かって免除し、まだ処分を受けていない公務員の懲戒も行わないようにする、というのが懲戒免除の制度だ。
国家公務員の場合は政令で、地方公務員の場合は各自治体の条例で、具体的な対象範囲などを定めて実施される。
政令恩赦を受ける犯罪者と懲戒免除の対象となる公務員とはリンクしていないため、恩赦に類似しているものの、全く別の制度と言えるだろう。
もともと、わが国が占領下で国家主権を喪失する中、公職追放により公務を追われる者が出るとともに、免職や停職、減給といった懲戒処分を受ける者まで出たことに対し、その名誉回復措置として、高度な政治的理由から導入されたものだったからだ。
先ほどの法律も、わが国を共産主義の防波堤にしたいというアメリカの思わくでGHQが「逆コース」と呼ばれる対日占領政策に転じる中、1950年から51年にかけて行われた公職追放解除の流れを受け、1952年に公職追放令廃止法とともに制定されたものだった。
その意味で、以後、これと無関係に不祥事を起こした公務員の懲戒免除を行うのは、明らかに根拠が薄弱だと言わざるを得ない。
政治的な理由のほか、強いて挙げれば、犯罪者でも救済される余地がある恩赦とのバランスを図ったものと考えられよう。
【過去の実施状況】
戦後、政令恩赦や特別基準恩赦は、古い順に、第二次大戦終局と日本国憲法公布、先ほど挙げた平和条約発効、皇太子明仁親王殿下立太子礼、国連加盟、皇太子明仁親王殿下御結婚、明治百年記念、沖縄復帰、昭和天皇御大喪、今上天皇御即位の際などに行われている。
直近では、1993年に皇太子徳仁親王殿下の御結婚に当たり、政令恩赦こそ見送られたものの、特別基準恩赦は行われた。
ただ、死刑囚に対する政令恩赦は、1952年の平和条約発効時が最後だ。
その際、1949年に19歳で小田原一家5人殺害事件を起こした死刑囚が無期懲役に減刑されたが、1970年に仮釈放となった後、1984年に被害者2名に対する殺人未遂事件を起こしており、もはや死刑囚に政令恩赦を与えることなどあり得ないだろう。
むしろ、昭和天皇御大喪の際は、死刑囚はおろか懲役受刑者すら対象外だったし、今上天皇御即位の際や皇太子徳仁親王殿下の御結婚の際も、選挙違反事件のほか、軽犯罪法違反や道路交通法違反など被害者がいない比較的軽微な事件の犯罪者が対象となっており、しかも復権が中心となっていた。
他方、公務員の懲戒免除は、平和条約締結、沖縄復帰記念、昭和天皇御大喪に際し、3回にわたって行われている。
直近である3回目の時は、減給や戒告の処分を受けた者が免除の対象となっていた。
【問題点と予想される実施内容】
ただ、こうした政令恩赦や懲戒免除の最大の問題は、結局のところ、制度そのものに何ら合理的な理由が見いだせない、という点だ。
国民の中から選ばれた裁判員が刑事裁判に関与する時代において、果たして改元などの理由でその判断を内閣が事後的に覆すことに対し、国民の理解を得られるだろうか。
被害者がいる事件では、それこそ被害者や遺族の納得すら到底得られないだろう。
しかも、同じような犯罪に及んでも、運良く国家的慶弔時に服役していれば恩赦の対象となり、そうでなければ対象外となるわけで、明らかに不公平だ。
重大事件を起こした犯罪者の刑を軽くし、仮釈放が認められやすい状況にすると、小田原一家5人殺害事件の例のように、釈放後に再犯に及ぶなど、治安の悪化を招く危険性すらある。
公務員の懲戒免除も、直近の事例を参考にして対象者を決めると、財務省の決裁文書改ざん事件を巡って減給処分を受けた前国税庁長官らも含まれることになる。
検察の不起訴処分にすら批判の声が強いわけで、およそ国民の理解など得られないだろう。
もはや政令恩赦や懲戒免除など時代遅れの産物にほかならず、本来であればこの機会に制度そのものの抜本的な見直しを図るべきだ。
ただ、特別基準恩赦に限っても、既に前回から約25年が経過していることから、皇位継承に際し、1回に限り、恩赦が行われる可能性が極めて高い。
それでも、過去数回と同じく、比較的軽微な事件に対する復権が中心となるだろうし、少なくとも減給処分以上の公務員に対する懲戒免除は見送られるのではないか。
2019年4月の統一地方選挙後、夏には参議院議員選挙が実施されることから、これを見据え、選挙違反に問われた現政権支持者らの公民権回復を図ろうという政治的な動きが見られることだろう。(了)