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なぜ従業員用の更衣室で店員を盗撮した鳥貴族元店長は逮捕されないのか

前田恒彦元特捜部主任検事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 鳥貴族店長の男が懲戒解雇になった件が話題だ。店内の従業員用更衣室でスマホを使って女性店員の着替え姿を盗撮したものの、逮捕されていないという。なぜか――

【京都府迷惑防止条例違反の適用は難しい】

 報道などによれば、次のような事案だ。

「京都市内にある店舗の男性店長が6月15日、店の更衣室で、携帯電話を使った盗撮をおこなった」「店長を6月20日付で懲戒解雇」「現在、警察による捜査もおこなわれており、会社側は『全面的に協力していく』としている」

「一方、女性従業員とみられる人物は7月2日、ツイッター上で被害を告発。盗撮の証拠とみられる写真を添付しつつ、『逮捕されへんことが意味わからへん。携帯に証拠も残ってるのにな!この世の中ほんまに意味がわからん。日本ってクズ社会?』と投稿していた。7月4日午前11時現在、2万以上リツイートされている」

「鳥貴族は、被害にあった従業員に対して、休職を余儀なくされた日にちを参考に見舞金を支払ったという。ツイッター上では、1万3000円の画像があがっている」

出典:弁護士ドットコム

 そもそも、被疑者を逮捕する大前提として、その行為が何らかの犯罪に該当している必要がある。

 盗撮犯に対しては、盗撮を含めた卑わいな行為を罰則付きで禁じる各都道府県の迷惑防止条例で立件する場合が多い。

 もちろん、京都府にもそうした条例が存在しており、最高刑は懲役1年、常習だと懲役2年だ。

 現に警察も、この条例違反で元店長に対する捜査を進めている模様だ。

 しかし、こうした条例は、繁華街などをうろついて暴行やゆすり、たかりをする不良集団など、もともとパブリックな場所や空間で公衆に迷惑をかける行為を防止するために制定されたという経緯があるので、自らその適用範囲を厳格に制限している。

 例えば、京都府の迷惑防止条例では、適用される犯行を次のような場所や空間におけるものに限っている。

公共の場所」(道路、公園、広場、駅、興行場その他の公衆が出入りすることができる場所)

公共の乗り物」(電車、乗合自動車、船舶、航空機その他の公衆が利用することができる乗物)

公衆の目に触れるような場所

公衆便所、公衆浴場、公衆が利用することができる更衣室その他の公衆が通常着衣の全部又は一部を着けない状態でいるような場所

 そうすると、居酒屋の従業員用更衣室は社会一般の人は使えず、店の同じ顔ぶれの店員しか出入りしない場所なので、「公共」「公衆」といった要件を充たさないのではないか、という問題が残る。

【建造物侵入罪も難しく、軽犯罪法違反は軽い】

 そこで、盗撮用のスマホを設置するために更衣室に入った点をとらえ、刑法の建造物侵入罪に問うことが考えられる。

 最高刑は懲役3年だ。

 現に、迷惑防止条例が適用できない場所や空間での盗撮犯に対し、カメラの設置や回収行為だけを切り取って、建造物侵入罪で逮捕する例も多い。

 しかし、この犯罪は、その場所の管理者の意思に反する侵入行為だったか否かがポイントとなる。

 事件当時、店長だったわけで、その店長自身が更衣室を含めた店全体の管理者だと考えられるので、これまた適用が難しい。

 残るは正当な理由がないのに更衣場(更衣室を含む)をひそかにのぞき見た者を処罰する軽犯罪法くらいだ。

 しかし、違反者に対する刑罰は、拘留(1日以上30日未満の身柄拘束)か科料(千円以上1万円未満の金銭罰)であり、懲役や罰金などがなく、あまりにも軽すぎる。

 刑事司法手続の基本ルールを定めている刑事訴訟法も、罰則がその程度の犯罪に対しては、被疑者が定まった住居を有しない住居不定の場合か、検察や警察の出頭要請に正当な理由なく応じない場合しか逮捕状で逮捕できないとしている。

 今回の元店長はこれらの要件に当たらないわけだから、軽犯罪法違反で逮捕することもできない。

 要するに、この事案の場合、京都府迷惑防止条例違反や建造物侵入罪の適用はなかなか難しく、軽犯罪法違反も刑罰が軽すぎ、それでは逮捕できない、というわけだ。

 なお、仮に今回の従業員用更衣室について、「公衆」の要件を充たすと認定でき、条例が適用できたとしても、せいぜい罰金事案だ。

 証拠のスマホが押収され、自白もガッチリと押さえられているようであり、罪証隠滅や逃走のおそれがないということになれば、いずれにせよ逮捕には至らないだろう。

【盗撮罪の立法化が必要】

 結局、この問題は、わが国に盗撮罪などという形で盗撮そのものを正面から禁じ、厳罰化した法律がないという法の不備に起因する。

 条例は法律と違ってその自治体内でしか効力がなく、同じ内容の盗撮をやっても、ある県だと処罰され、別の県だと処罰されない、といったバラつきが生じるからだ。

 例えば、この事件がもし7月1日以降の犯行で、しかも東京都で起こったのであれば、東京都の迷惑防止条例で立件できる。

 東京都の場合も京都府の条例と同様の問題を抱えていたが、7月1日施行の改正により、次のような場所や空間での盗撮を広く禁じることとなったからだ。

 京都府のように、「公衆」という余計な前提条件など付けられていない。

住居、便所、浴場、更衣室その他人が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいるような場所

公共の場所、公共の乗物、学校、事務所、タクシーその他不特定又は多数の者が利用し、又は出入りする場所又は乗物

 既にアメリカやイギリス、ドイツ、フランス、カナダなどでは、国や連邦レベルで盗撮を禁じる法律が制定されている。

 わが国でも、トイレや浴場、更衣室など、気づかぬうちに様々な場所に盗撮用のカメラが設置され、潜在的な被害者も多数いるものと思われる。

 もはや都道府県レベルで対応するような単なる迷惑行為ではなく、非接触型の性犯罪の一種と評価すべきだ。

 営利目的の場合や常習犯をより重く処罰することを含め、立法による全国一律の規制や厳罰化が強く求められる。(了)

(参考)

拙稿「学習塾のトイレで中高生を盗撮した元塾経営者が児童ポルノ製造罪で逮捕されたワケ

拙稿「教師が学校の教室や更衣室で教え子までも 横行するハレンチな盗撮の『罪と罰』

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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