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袴田事件の再審開始決定取消しに思うこと

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:アフロスポーツ)

 袴田事件で高裁は再審の扉を閉ざした。地裁が警察の証拠ねつ造という虎の尾を踏んでしまったことから、高裁に覆されるのではと不安視していたが、悪い予感が的中した形だ。この件について、思うところを示したい。

証拠後出しの不公平さ

 静岡地裁が再審開始や死刑執行の停止を決定するとともに、前例のない即時釈放まで認めた際、弁護団や支援者、ジャーナリストなどからは、正義を実現した歴史的で画期的な英断だと拍手喝采が上がった。ネット上でも、「決定を下した裁判長に感謝の手紙を送ろう」といった話で盛り上がっており、明らかに浮かれていた。

 しかし、検察側からは、「再審開始を決定するだけならまだしも、警察によって証拠がねつ造されたという話になると、さすがに筆が走りすぎだし、論理に飛躍もある」といった声が漏れ聞こえてきていた。

 地裁の決定は彼らの不興を買い、かえって彼らに火をつける結果となった。以後、何としてでもこの決定を覆させること、特に警察による証拠ねつ造の部分だけでも完全に否定させることが彼らにとっての最重要課題となった。

 そのため、検察が「何か地裁決定の理由付けを揺るがすことができる証拠はないか、今からでも探せ」と警察にハッパをかけ、出てきたのが、捜査段階で5点の衣類を撮影した際のネガや、自白状況を録音したテープだった。いずれも警察が捜査段階で検察に送らず、手もとに置いたままにしており、検察も「存在しない」と言い張っていたものだ。

 それ以前の再審請求審の段階でも、問題のズボンの「B」という表記はサイズではなく布地の色を示すもので、もともとY体(細身用)のズボンだったという極めて重要な事実を示す証拠なども、検察の手もとで長らく隠されていた事実が明らかになっている。警察、検察が手の内にある全ての証拠を起訴後直ちに被告人側に開示しないことによる弊害にほかならず、不公平な後出しと断ぜざるをえない。

地裁決定の脆さ

 ただ、地裁の決定にも脆さがあった。衣類5点が警察によってねつ造されたものだとする根拠が弱く、あえてねつ造にまで及ぶ警察側の動機も示されていなかったからだ。

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元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

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