再審請求事件の審理に市民参加の制度を導入しても、バラ色とは言い難い現実

右手に正邪を断ずる剣を、左手に衡平を表す秤を持つギリシャ神話の法の女神テミス(写真:ロイター/アフロ)

 福岡高裁は6日、飯塚事件の再審開始を認めなかった。昨年12月、名古屋高裁も名張毒ぶどう酒事件の再審開始を拒否した。袴田事件についても、まもなく東京高裁が再審開始の可否を決する見込みだ。

 こうした再審請求事件の審理に対し、裁判員裁判のような市民参加の制度を導入すべきだといった考えもある。

 特に飯塚事件では、一審で死刑判決を下した3人の裁判官のうち、1名が今回の福岡高裁における審理に関与しており、公平さに疑いがある。

 傾聴に値する考えだが、むしろ逆効果となるおそれが高い。

【厳罰化の傾向】

 裁判官が是非を判断しているからこそ、ダラダラと手続を引き伸ばす一方、ろくに新証拠や新事実を見ようとせず、仲間内である別の裁判官が過去に下した結論を変えがたくなるのではないか――

 これが再審請求事件に市民参加制度を導入すべき理由の一つだ。

 確かに、高裁レベルになると、地裁よりも検察寄りの姿勢が強い、という実感はある。

 それこそ、名古屋高裁に至っては、実務家の間で「名古屋高検裁判所支部」などと揶揄(やゆ)されるほどだ。

 ただ、裁判員裁判の現状を見ると、たとえ市民が関与したからといって、およそバラ色の展開が期待できるとは言いがたい。

 禁止薬物をスーツケースなどに隠して輸入したとして空港で検挙され、起訴された事件や、介護を苦にした末の殺人事件など、一部の事件では、裁判官だけで裁判が行われていた時代に比べ、無罪が出たり、実刑が回避されたりもしている。

 しかし、全体としては、以前に比べて厳罰化が進んでいる傾向は否めない。

 これには、検察側が裁判員裁判にかける事件を選別しているという背景もあるが、素朴な市民感情が反映されているという面もあるだろう。

 有罪の事実認定も、立証のハードルが下がったのかと思えるほど、かなりラフになっているように思われる。

 読者の中には弁護士もいるだろうが、裁判員裁判で被告人にとってプラスとなる様々な証拠や事実を挙げ、懸命に主張したにもかかわらず、裁判員らのそっけない反応に砂を噛むような思いをした人も多いのではなかろうか。

【印象で勝敗が決められかねない】

 検察が禁断の「Nシステム」まで証拠として使わざるを得なかった栃木女児殺害事件(今市事件)でも、記者会見に応じた裁判員は、自白場面の録音録画を見て強く有罪の心証を抱いた模様だ。

 自白偏重を防止するために導入された可視化制度が、かえって自白を重んじる結果を招くという本末転倒な事態となっている。

 名張毒ぶどう酒事件も、元死刑囚は、逮捕直前に警察署で記者会見に応じ、「大きな事件を、自分のちょっとした気持ちから…。何とおわび申し上げてよいか分かりません」などと記者に述べている。

 警察から筋書きを渡されるなど、様々な背景事情があったのかもしれないが、市民が記者会見の映像を見て受けるインパクトは強烈なものだろう。

 それこそ、無罪判決が確定した後も関係者への誹謗中傷が続く東住吉事件も、もし市民が参加していたら、再審開始の扉は重く閉ざされたままだったかもしれない。

 昨年11月と12月に福岡高裁と大阪高裁が相次いで再審開始決定を下した松橋事件や湖東記念病院事件も同様だ。

 再審請求が棄却された場合、市民が参加した上での結果だからと、かえって判断に「お墨付き」が与えられることになりかねない。

 昨年12月、最高裁が東京高裁の無罪判決を是認し、検察側の上告を棄却した元オウム信者の事件も、一審の裁判員裁判ではかなり強引な推論を重ね、無理に有罪判決を導いていたことを忘れてはならない。

【飯塚事件も市民が審理すると有罪に傾く可能性大】

 当時7歳の小学女児2名が下校途中に何者かにさらわれ、性的被害を受けた上で窒息死させられ、下半身裸のまま山林に捨てられた飯塚事件。

 今回の福岡高裁の判断を前にした一連のマスコミ報道では、あたかも元死刑囚のDNA型と車両の目撃証言の吟味のみに尽きるかのような内容のものも散見された。

 しかし、死刑判決が導かれた地裁、高裁、最高裁の判決を仔細に読むと、次のような様々な間接事実が挙げられている。

・鑑定の結果、被害者両名の着衣に付着していた繊維片は元死刑囚の使用車両と同型の車両に使用されている座席シートの繊維片である可能性が高い

元死刑囚の使用車両からは血痕及び尿痕が発見されているところ、この血痕は被害者1名の血液型と一致している上、血痕が同人のDNA型と同じ特徴を備えており、尿痕が被害者の1名又は両名の失禁によるものと考えていずれも矛盾しない

・不審車両の目撃供述から犯行に使用された車両は元死刑囚の使用していた車両と同車種、同グレードのものであると特定できる。

・当時これを保有していたのは、死体遺棄現場付近や福岡県飯塚市内及びその周辺において元死刑囚を含む極めて少数の者に限られていた。

・元死刑囚は、日常的に誘拐の犯行時刻ころに誘拐の現場付近を使用車両で通行し、土地勘があった。

・被害者両名の死体などに付着していた血液からは、元死刑囚の血液型と同じ型のものが検出され、また、その血液中から元死刑囚のDNA型の一部と一致するとみて矛盾しないものが発見されている。

・元死刑囚に犯行当時のアリバイなど犯人であることに疑問を生じさせる事情が認められない。

 その上で、遺族が次のようにその心情を切々と語っているのを読めば、冷酷残忍で鬼畜同然の事件を起こした犯人のことを絶対に許せない、という感情がまず先に立つはずだ。

「事件後、2、3年は夜眠れない状態が続いた。今でもA子が夢に出てくることがあり、夢の中のA子が泣いていると、起きてから涙が止まらなくなる」「Aちゃんを返して欲しい。苦しめて死刑にして欲しい」(A子の母親)

「寒い夜だったので、一刻も早く助けてやりたくて、少ない情報の中を一時も寝ずに夜通し走り回った。遺体に対面したとき、すべて周りの出来事が夢のように思われ、目の前の現実を受け止めるゆとりもなかった」「罪のない幼い子供を2人も殺した行為は、到底人間の行為とは思えない。許せない。極刑を希望する」(B子の父親)

 そして、とにかく誰かを処罰すべきで、先ほど挙げたような犯人に結びつく様々な間接事実がある以上、それが起訴されている人物であって当然だ、という方向に流される可能性が高い。

【裁判員裁判ですら市民は嫌がる】

 また、再審請求事件は、必ずしも袴田事件や名張毒ぶどう酒事件などのように著名なものばかりでない。

 大弁護団が組まれたり、ジャーナリストらに支援されるような事件の方が少ない。

 そうした無名の事件を含め、市民にも広く協力や負担を求めなければならない。

 しかし、裁判員裁判ですら市民は進んで参加したがらず、辞退率が延びる一方であることは周知のとおりだ。

 その上、裁判員裁判制度の導入により、否認事件の場合、裁判官だけで裁判が行われていた時代に比べ、起訴から判決までのトータルの時間がむしろ長くなる傾向にある。

 「裁判員に分かりやすく」という趣旨に基づき、公判前整理手続における争点や証拠の絞り込みなどに時間が割かれ、起訴から公判が開かれるまでの期間が長期化する一方だからだ。

 ひるがえって、再審請求事件の場合はどうだろうか。

 一審、控訴審、上告審を経て、段ボール箱で何十箱分にも上るなど、記録が膨大な事件ばかりだ。

 この過去の証拠を徹底的に読み込み、十分に検討を加えた上で、新しく提出された証拠についても吟味に吟味を重ねる必要がある。

 仮に証人尋問を行うとしても、過去の証拠を読み込んで頭に叩き込んでおかなければ、その証言内容の位置づけを把握し難いからだ。

 はたして、市民をそうした作業に拘束することができるだろうか。

 結局のところ、裁判官が膨大な証拠をコンパクトに整理した資料に基づいて審理や判断が行われ、裁判官によって議論がリードされることとなるのは必定だろう。

【求められる改革】

 ただし、現行の再審制度に改革のメスを入れる必要があることは言うまでもない。

 まず、再審請求事件、特に執行後は取り返しがつかない死刑事件こそ、裁判官が積極的に訴訟指揮をし、検察側が手もとで隠している全ての証拠の開示を義務付けるべきだろう。

 もはや証拠開示による弊害などあり得ないわけだから。

 例えば、袴田事件でも、再審請求審では、静岡地裁の勧告で検察から約600点にも上る証拠開示が行われた。

 その結果、真犯人が履いたものだとされるズボンの「B」という表記は、死刑判決を下した裁判所が認定する“サイズ”ではなく、“布地の色”を示すもので、もともとY体(細身用)のズボンであって、袴田氏には履けないものだったといった、検察側にとってマイナスに傾く様々な事実が明るみに出ている。

 このほか、無罪判決に対する検察側の控訴や上告の問題とも関連するが、再審開始決定に対して検察側の抗告を認めない、といった制度改革を行うだけでも、事態が大きく変わる。

 先ほどの松橋事件や湖東記念病院事件も、検察側が最高裁に特別抗告をし、結論も先送りとなっている。

 これらの改革には検察側の激しい抵抗が予想されるところであり、国会における立法的な解決も必要だ。

 もちろん、再審請求事件であっても、常に「疑わしきは罰せず」という刑事司法の基本原則に立ち返るべきであることは言うまでもない。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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