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最高裁が再び外れ馬券の購入費を経費と認定 判決が及ぼす影響と留意点

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:中原義史/アフロ)

 15日、最高裁は、競馬の払戻金に対する所得税額を算定する際、当たり馬券のみならず外れ馬券の購入費をも経費として算入できるか否かが争われた税務訴訟で、これを認めた2015年の別の刑事裁判に続き、2例目となる。ただ、やや専門性の高い事案だけに、競馬ファンを含め、その内容に誤解を抱いている向きもある。そこでこの機会に、一連の判決が及ぼす影響や留意点を示したい。

【原則は一時所得】

 今回の事案は、「そもそも競馬の払戻金は『一時所得』なのか、『雑所得』なのか」という問題が最大の争点となっている。

 というのも、所得税法が課税の前提となる所得を10種類に区分しており、どこに分類されるかで、外れ馬券の購入費を経費にできるか否かが決まるからだ。

 このうち一時所得と雑所得は、次のようなものだ。

一時所得

・「給与所得」(サラリーマンの給料、賞与など)や「事業所得」(製造業、小売業、サービス業、農業など各種事業に基づくもの)、「譲渡所得」(土地建物やゴルフ会員権といった資産の譲渡に基づくもの)など、典型的な8種類の所得に該当せず

  かつ

・「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外」で「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」

雑所得

・以上の9つの所得のいずれにも当たらないもの

 特に一時所得と雑所得とを分かつ重要な基準が、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外」のものか否かという点だ。

 競馬の払戻金も、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」ということであれば雑所得となり、外れ馬券の購入費も経費として認められるものの、「それ以外」ということであれば一時所得となるので、それが認められないからだ。

 ところが、この点につき、国税庁は、税務署ごとに判断のバラつきが出ないようにするため、「通達」と呼ばれる統一的な解釈基準を定めている。

 これによれば、次のようなものが一時所得に当たるとされてきた。

・競馬や競輪の払戻金

・懸賞や福引の賞金品

・生命保険の一時金や損害保険の満期返戻金

・賃貸物件の立退料

・売買契約解除時の手付倍戻し

・落し物を拾って届けた者が落し主から得る報労金

・法人から贈与された金品(個人からの場合は贈与税)

 主として偶然性が高かったり、単発的なものが挙げられており、反復継続的に多数回にわたって馬券を大量購入し、次々と払戻金を得るといったケースなど想定されていなかった。

 他方、同様に国税庁の通達によれば、まさしく他の所得に分類しきれない雑多なものが雑所得に当たるとされてきた。

 例えば、次のようなものだ。

・公的年金

・営業以外の貸金の利子

・作家など著述業以外の人が得る原稿料や講演料

 こうした通達を前提とすると、競馬の払戻金は雑所得ではなく、一時所得ということになる。

【無申告には刑罰も】

 そうなると、所得税法の規定により、次のような流れで税額を算定しなければならない。

(1) 収入額から「その収入を得るために支出した金額」と最大50万円の特別控除額を差し引く

(2) 次に、残額の1/2を給与所得などと合算して総所得額を出す

(3) これに累進税率をかけて税額を算定

 ここで注意を要するのは、所得税法があえて「その収入を得るために支出した金額」という言い回しをし、事業所得や雑所得で総収入から差し引くことが広く認められている「必要経費」という文言を使っていない点だ。

 また、「その収入を得るために支出した金額」についても、わざわざ「その収入を生じた行為をするため、又は、その収入を生じた原因の発生に伴い、直接要した金額に限る」としている。

 この規定を素直に解釈すると、仮に様々な懸賞に100枚ほどのハガキを送って応募しても、当たりの賞金品を得るために支出した金額として認められるのは、当たり分であるハガキ1枚の購入費に限られる。

 同様に、競馬についても、当たり馬券の購入費に限られ、他のレースに賭けた外れ馬券分は差し引けないということになる。

 例えば、普段は源泉徴収と年末調整だけで確定申告をせず、そのまま例年の所得税納付を終えているサラリーマンが、競馬の1レースで1万円ほど大穴を一点買いし、見事予想が当たって151万円の払戻金を得たとする。

 その場合、当たり馬券の購入費1万円と特別控除額50万円を差し引いた100万円のうち、その半額に当たる50万円を給与所得などと合算し、改めて総所得額やそれに対する税額を計算し直し、源泉徴収分を差し引いた差額を納税する必要がある。

 そのために必要となる手続が、まさしく確定申告だ。

 仮に年間トータルでは負け越しだったとしても、1回でも大当たりがあれば確定申告をしなければならないし、テレビや雑誌、インターネットなどの懸賞に応募して海外旅行や車、高額な電化製品などを当てた場合も同様だ。

 一社からしか給料を得ていない一般のサラリーマンなどの場合、給与所得や退職所得以外の所得が20万円以下であれば確定申告を要しないという「20万円ルール」と呼ばれる特例があり、払戻金から当たり馬券の購入費を差し引いた総額が90万円以下(90-50の1/2=20万円)であれば確定申告は不要だが、これを超えればやはり確定申告が必要だ。また、「20万円ルール」の範囲内であっても、住民税の申告は必要となっているので、注意を要する。

 もし正当な理由もなく確定申告を怠れば、単純無申告罪(懲役1年以下又は罰金50万円以下)に当たるし、故意に申告書を提出せずに税を免れた場合、さらに重い罰則が待ち受けている(懲役5年以下又は罰金500万円以下。情状により罰金額を脱税額まで引き上げることや、懲役と罰金の併科も可能)。

【2015年判決の特殊性】

 では、なぜ最高裁は、今回の事案や先例となる2015年の判決で、競馬の払戻金を一時所得ではなく雑所得とし、当たり馬券のみならず外れ馬券の購入費の経費算入をも認めたのか。

 結論から言うと、いずれも極めて特殊な事案だったからにほかならない。

 まず、2015年判決のケースは、次のようなものだった。

・大阪の男性は、会社員のかたわら、2004年以降、市販の競馬予想ソフトに独自の改良を加え、100万円を元手にインターネット上でJRA全競馬場のほぼ全レースの馬券を無差別的かつ大量に購入し始めた。

・払戻金を反復継続的に次のレースの購入資金に充て、2005年からの5年間で総額約35億円の馬券を購入し、総額約36億6千万円の払戻金を得た結果、約1億5500万円の黒字となり、回収率も104.4%に上った。

・中央競馬の払戻率は約75%で、残り約10%が国、約15%がJRAの取り分であることからすると、この回収率は驚異的な数字だった。

 この男性は、全く確定申告をしておらず、大阪国税局の査察調査を受けて所得税法違反(単純無申告罪)で刑事告発され、所得税約5億7千万円を免れたとして大阪地検特捜部に起訴された。

 これに対し、裁判所は有罪判決を下したものの、懲役2か月・執行猶予2年と、検察側の求刑である懲役1年を大きく下回る刑期にとどめた。

 大阪地裁、大阪高裁及び最高裁の理由付けは、おおむね次のようなものだった。

大阪地裁

極めて多数で多額に上り、その態様も機械的、網羅的なものであれば、本来は娯楽である競馬が質的には先物取引などと同様の資産運用に変化し、払戻金も営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得となる。外れ馬券の購入費や予想ソフトなどの利用料金も全て必要経費と認められるから、脱税額は起訴された約5億7千万円ではなく、約5200万円にとどまる。

大阪高裁

投資活動まで至っているか否かは問題ではなく、取引規模や態様などに照らして客観的に一連の継続的な馬券購入と認められれば、営利を目的とした雑所得となり得る。

最高裁

営利を目的とする継続的行為から生じた雑所得に当たるか否かは、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間、その他の状況等を総合考慮して判断するのが相当である。一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの事実関係の下では、払戻金は雑所得に当たる。

【通達の改定】

 そこで国税庁は、この2015年判決を踏まえ、一時所得の例示に関する通達の一部を次のように修正した。

・競馬の馬券の払戻金、競輪の車券の払戻金等(営利を目的とする継続的行為から生じたものを除く)

1.馬券を自動的に購入するソフトウエアを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券購入が一体の経済活動の実態を有することが客観的に明らかである場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する。

2.上記1以外の場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、一時所得に該当することに留意する。

 すなわち、競馬の払戻金が一時所得ではなく雑所得とされるのは、2015年判決のように競馬予想ソフトを使うなどした特殊なケースに限られると釘を差したわけだ。

 では、これを使わず、レースごとに自ら予想して馬券や購入額を決め、次々と大量かつ継続的に購入し、予想を的中させていた場合は、どのように処理すべきか

 その点について答えを示したのが、まさしく今回の事案にほかならない。

【今回の事案の特殊性】

 すなわち、今回の事案は次のようなものだった。

・北海道の男性は、公務員のかたわら、2005年からの6年間、自宅のパソコン等を使い、インターネットを介して馬券を購入することができるサービスを利用し、中央競馬のレースで、1節当たり数百万円から数千万円、1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けた。

・このサービスは、当たり馬券の払戻金等をその後の馬券の購入に充てることや、馬券の購入代金及び当たり馬券の払戻金等の決済を節ごとに銀行口座で行うことを可能にするものだった。

・男性は、JRAに記録が残る2009年の1年間だけでも、中央競馬の全3453レースのうち約70.8%に当たる2445レースで馬券を購入していた。

・男性による馬券の購入方法は、おおむね次のようなものだった。

(a) JRAに登録された全ての競走馬や騎手の特徴、競馬場のコースごとのレース傾向等に関する情報を継続的に収集し、蓄積

   ↓

(b) その情報を自ら分析して評価し、レースごとに、競争馬の能力、騎手(技術)、コース適性、枠順(ゲート番号)、馬場状態への適性、レース展開、競争馬のコンディション等の考慮要素を評価、比較することにより着順を予想

   ↓

(c) 予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小との組合せにより、購入する馬券の金額、種類及び種類ごとの購入割合等を異にする複数の購入パターンを定め、これに従い、当該レースにおいて購入する馬券を決定

   ↓

(d) 馬券購入の回数及び頻度については、偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標とし、上記の購入パターンを適宜併用することで、年間を通じての収支(当たり馬券の払戻金の合計額と外れ馬券を含む全ての有効馬券の購入代金との差額)で利益が得られるように工夫

・この結果、男性の回収率はいずれの年も100%を超えており、2005年に約1800万円、2006年に約5800万円、2007年に約1億2000万円、2008年に約1億円、2009年に約2億円、2010年に約5500万円の利益を得ていた。

 男性は、払戻金が雑所得に当たると主張し、外れ馬券の購入代金を必要経費として控除した上で確定申告したが、国税局からは一時所得に当たるとして否定され、約1億9400万円の追徴課税処分を受けた。

 そこで男性は、その取消しを求め、裁判を起こした。

 これに対し、一審は男性の敗訴、控訴審は男性の逆転勝訴となっていたが、最高裁は国税局の上告を棄却し、男性の主張に軍配を上げた。

 東京地裁、東京高裁及び最高裁の理由付けは、おおむね次のようなものだった。

東京地裁

レースごとに自分で予想して購入額を決めており、競馬愛好家の馬券購入方法と大差はなく、機械的とはいえない。個別の馬券的中による偶発的な利益の集積にすぎず、一体の経済活動とまでは認められない。よって、雑所得ではなく、一時所得に当たる。

東京高裁

2015年判決のケースと購入方法に本質的な違いはない。網羅的に購入して利益を上げるという独自のノウハウで馬券を有効に選び、恒常的に多額の利益を上げていたもので、一時所得ではなく雑所得に当たる。

最高裁

馬券購入の期間、回数、頻度その他の態様に照らせば、男性の一連の行為は、継続的行為といえる。6年間のいずれの年についても年間を通じての収支で利益を得ていた上、その金額も、少ない年で約1800万円、多い年では約2億円に及んでいたというのであるから、馬券購入の態様に加え、このような利益発生の規模、期間その他の状況等に鑑みると、男性は回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けてきたといえるのであって、そのような男性の一連の行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったということができる。

【2件の最高裁判決はあくまで例外的なケース】

 2件の最高裁判決からは、次のような判断基準がうかがえる。

(1) 競馬の払戻金は原則として一時所得である。

(2) ただし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間、その他の状況等を総合考慮し、営利を目的とする継続的行為から生じたものと認められる場合には、雑所得に当たる。

 どの程度の期間や回数、頻度、金額などであれば(2)に当たることになるのかは、まさしくケースバイケースということになる。

 ただ、重要なのは、裁判所が、一般的な競馬愛好家が楽しむ偶然性の高い娯楽である競馬の払戻金は雑所得ではなく、一時所得に分類されるという基本原則を崩していないという点だ。

 すなわち、2件の最高裁判決を前提としても、規模が小さい通常の競馬ファンのケースでは、払戻金はあくまで一時所得として扱われ、外れ馬券購入費の経費算入も認められない

 最高裁判決を聞きかじって競馬場やウインズなどで外れ馬券を拾い集めても、意味がないというわけだ。

 とは言え、税務署など課税の現場で金科玉条のごとく扱われている国税庁の通達に時代遅れの誤りがあることを最高裁が二度にわたって示したわけで、その意義は非常に大きい。

【求められる税負担の公平性】

 ところで、なぜ2015年判決のような無申告の事案が税務署にばれ、税務調査を受けることになるのか。

 様々な事情が考えられるが、その一つとして挙げられるのが、馬券購入や払戻金受領の際、金融機関の口座を経由していたという点だ。

 すなわち、口座を発行している金融機関は、外見的にマネー・ロンダリングを疑わせるような事情があれば、法令により、「疑わしい取引あり」として、金融庁長官あてに口座名義人や取引内容などの情報を届け出なければならないとされている。

 公務員や会社員がその収入に見合わないような数百万円単位の高額取引を頻繁に行うといった場合などがその典型だ。

 この情報は、国家公安委員会・警察庁に集約され、整理、分析された上で、国税庁、国税局、各税務署や都道府県警察、検察庁、公正取引委員会、証券取引等監視委員会などに提供され、各機関における捜査や調査の端緒として使われている。

 したがって、億単位の馬券購入・払戻金受領の事案も、簡単に察知できるというわけだ。

 現に、国税局や税務署は、悪質な無申告に対する罰則が強化された2011年の税法改正以降、所得税や消費税の増税などを見据え、税負担の公平性を図る観点から、全国各地で目を引く無申告事案の掘り起こしに力を入れている。

 とは言え、競馬に限らず、競輪や競艇、オートレースなどのギャンブルで税務申告を要するほどの高額の払戻金を得たとしても、預金口座の動きなどからマネー・ロンダリングを疑わせるような事情でもなければ、現実には国税局や税務署が察知することは困難だ。

 そうなると、納税義務があるにも関わらず、確定申告をせず、納税しないままで終わってしまう。

 雑所得に当たるか否かといった議論に終止符を打つとともに、税負担の公平性をも考慮すると、払戻の段階で払戻金の中から税金分を源泉徴収するような仕組みとするとか、思い切って宝くじやサッカーくじのように非課税とし、払戻率を下げ、総売上から得る国の取り分を増やす、といった制度改革も検討されてしかるべきではなかろうか。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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