検事の転勤って、どんなもの?

(写真:アフロ)

全国の検察庁では、毎年1月中旬に4月の定期異動に向けた「意向打診」が一斉に行われている。転勤予定の検事に内々で異動予定先を告げるものだ。検事にとっても転勤は悲喜こもごもだ。

いつ、どこに行くのか

検事は任官後、おおむね2~3年に一度のペースで転勤がある。異動先は全国規模だ。

ほとんどが高検や地検といった検察庁の現場だが、法務省の各部局における行政官、法務総合研究所や司法研修所の教官、外務省や財務省など他省庁への出向、法科大学院への派遣などバラエティに富んでいる。

数は少ないものの、弁護士や民間における職務経験を積んで検事の仕事に活かすため、弁護士事務所や民間企業に派遣されるパターンもある。

希望調査

検事は、毎年春に「人事データシート」を作成し、幹部を通じて法務省の大臣官房人事課まで提出しなければならない。

次の異動希望地などのほか、語学や簿記を含めた法律以外の能力などをパソコンでフォーマットに入力して記載したものだ。

「上司一任」としても構わないが、東京地検とか大阪地検といった庁名のほか、法務省局付、外務省出向などと記載することができ、第1希望から第3希望まで挙げられる。

東京高検管内とか大阪高検管内など、将来にわたって生活の拠点としたいエリアの希望も記載できる。

東京や大阪といった大規模庁を希望する検事は多いが、仕事が楽かというと必ずしもそうではない。

希望は通るのか

具体的な希望理由も記載可能だし、幹部に口頭で個別の事情を伝えることもできる。

例えば、「来年の春に大阪で自宅を購入する予定なので、自宅から出勤できる大阪高検管内の地検か支部を希望する」とか、「長男として認知症の親の介護をしなければならないので、現任地又はその近隣地を希望する」とか、「政策や法案策定、法務行政に関心があるので、法務省でそうした職務に従事したい」といったものだ。

検察庁では検事同士や検事と事務官が結婚する場合のほか、検事が司法修習生時代から交際していた裁判官や弁護士と結婚するといったケースもまま見受けられるが、こうした事情を示し、同じ高検・高裁管内で異動できるように希望する場合もある。

例えば検事同士の夫婦の場合、同一地検で片方は本庁勤務、片方は支部勤務とか、同一高検管内で片方はX地検、片方はY地検(XとYは同じ官舎や自宅から通勤可能な距離)といったパターンだ。

もっとも、家族構成、子どもの有無や年齢、任官後の年次、役職などによってケースバイケースであり、お互い遠く離れた任地で勤務せざるを得ない場合も多いし、それこそヒラではなく幹部クラスになると、家庭の事情ではなく組織の人事配置を優先せざるを得なくなる。

いずれにせよ、そうしたプライベート上の特別な理由でもない限り、また、ほとんど誰も希望しないポストを希望したような場合でもない限り、なかなか個々の検事の希望どおりには異動できないというのが現実だ。

たとえそうした個人的な事情があっても、「関西系」といった人脈が形成されることで派閥を優先した内向きの発想や行動に傾くことを防止するため、特定の地域での勤務が重ならないような広域異動による人事配置が求められている。

定期異動の流れ

検事長や検事正、法務省の主要な幹部といった要職であれば異動も不定期だが、ヒラ検事の場合は毎年4月が定期異動時期となっている。

その流れだが、まず1月中旬ころの特定の日に、異動予定の検事に対して全国一斉に内々で異動予定先を告げる「意向打診」がある。

その後、2月末ないし3月初めころに正式な「内示」があり、4月1日付けの新任地への異動辞令をその日ないしその日が休日の場合は休日明けの平日の午前中に幹部から受け取った後、庁内であいさつ回りを済ませ、全国に旅立つというものだ。

予算消化などの関係で、異動日が3月下旬とされ、3月中に異動辞令を受け取って新任地に着任するといった検事も一部いる。

また、先ほど挙げた家庭の事情のほか、子どもが現任地近くの私立中学校に進学予定で少しでも早く異動先を知りたいといった特別な事情がある場合には、12月末のうちに個別に「意向打診」を受ける場合もある。

異動辞令を受け取って新任地に着任するまでの期間は、新任地までの距離やそこで任される業務内容、繁忙具合などによって区々だが、おおむね数日以内とされる。

常に臨戦態勢の特捜部だと、よほど特別な事情でもない限り、早ければ異動辞令の交付日午後、遅くとも翌日午前中の着任が常識だ。

特捜部に限らず、あまりに着任が遅すぎると「アイツは相当神経が太い奴だ」と陰で言われ続けることになるので、取り急ぎ着任だけしておき、休暇をとって引越し荷物の整理をするというのがよくあるパターンだ。

意向打診の一日

一日の流れは毎年恒例だ。

まず、異動予定の者は、任官した期の順に事務課や秘書室から次席検事室まで来るようにとの電話がある。

特に現任地での勤務が丸2年になろうかという時期であれば、異動の可能性が極めて高いので、この日の午前中は出張や取調べなどの予定を極力入れないようにし、執務室で電話を待つわけだ。

逆にこの電話がなければ、異動がないと分かる。

呼ばれた検事は、期待と不安に胸を膨らませて次席室に入る。

そして、次席検事から「◯◯君、今度は××地検だ。あそこはいいところだ。当庁で残された期間はわずかだが、気を抜かずに最後まで頑張ってくれ」といった言い方で、異動予定先を告げられる。

なお、支部勤務だったり、どうしても避けられない出張で庁舎外にいる場合には、次席検事から直接電話がくる。

異動先が期待していた思わくと違っていたり、他官庁行きなど全く想定外だったり、逆に分不相応なほど重職だったりするので、まさしく悲喜こもごもだ。

意向打診を断ると

あくまで意向打診なので、意に反する異動先であれば断ることも可能だ。

しかし、もしA検事が断れば、A検事と期が近いものの異動予定がなかったB検事が急きょ呼び出され、意向打診を受けてこれを無理にでも飲まされる結果となる。

他方、A検事は意向打診を断って他の検事に迷惑をかけた変な奴という風評が検察内で終生つきまとうし、基本的に次期の異動ではA検事には断った異動先以上の勤務地が与えられないという慣例となっている。

そのため、ほぼすべての検事が不承不承であっても意向打診を承諾している。

むしろ、初めから異動予定の検事に断る隙や考える間を与えず、「分かりました」とか「ありがとうございます」といった即答にもっていくのが次席検事の腕ともいえる。

人事、千里を走る

「前室(ぜんしつ)」と呼ばれる次席検事室の外には、次に意向打診を受ける予定の検事が何名か待っている。

次席検事室から出てきた検事が明るい顔をしていると、意に沿った異動先だったと分かるし、逆に沈んだ顔をしていると、予想外であるなど意に反するものであったことが分かる。

ただ、人事は何よりも人の心に嫉妬や恨みの感情を芽生えさせる最たるものなので、本当は嬉しくてもあまり浮かれてはならないとされている。

この意向打診はあくまで正式な内示の前段階で内々に異動予定先を告げて調整を図ろうというものなので、「口外禁止」というのが建前だ。

しかし、大規模庁や各地検で異動予定を取りまとめる世話役の担当検事が決められており、その聞き取り調査によって、任官の期や氏名、現任地、異動予定先ごとにエクセルで整理してまとめた一覧表が作られ、あっという間に法務検察内に流される。

司法記者クラブに加盟する検察担当記者らの手にも渡るほどだ。

家族にとっても関心事

意向打診を受けた検事は、夫や妻にも電話やメールで異動予定先を伝える。

検事の家族としても、子どもの転校手続や学校選び、引っ越しの段取り、退去する官舎の修繕や新任地で入居する官舎の選定などもあり、この時期は検事を務める夫や妻がどこに転勤するのかが最大の関心事だからだ。

ただ、家族に電話をすると、官舎内の人脈を通じて情報交換が進んでおり、仲のよい同期の検事の分も含めて既に異動予定先を知っていて、拍子抜けすることも多い。

人事情報をネタに

例年のことだが、意向打診当日の検察庁は妙に浮ついており、検事らが集まると、異動予定一覧表を見ながら人事をネタに盛り上がる。

例えば、「なぜあの検事がこんないいポストなんだ」とか、「あの検事は例の件で失敗したから飛ばされたんだな」とか、「あの検事にこの異動先は荷が重そうだが、よく考えてみれば適任かもしれない」といったものだ。

他方、意向打診がなかった検事にとっても、貴重な一日だ。

自分が来年どのあたりに異動しそうか、同期や期が近い検事の動きを見て、なんとなく予想を立てることができるからだ。

意に反する異動先となって荒れている同僚や後輩検事を飲みに誘い、夜半までその愚痴を聞き、「お前の頑張りを見ている上司が必ずいる。次の異動は大丈夫だから」といった全く根拠のない慰めを言って気を紛らわせてやることも重要だ。

意向打診の後

この段階では異動予定先が東京や大阪といった大規模庁であっても、まだ所属部がどこになるのかまでは分からない。

意向打診の結果が確定し、改めて正式な内示が行われた後、各地検で幹部らが各部の新メンバーの構成を話し合い、決めているからだ。

異動予定者は、異動予定先の先輩や同期などから情報収集を行い、4月の着任前には自分の所属部署や担当職務などを知るという仕組みだ。

幹部も含めて全国的に大きな異動となるので、3月までの時期は、異動予定者にとっては日々の事件捜査や公判立会のほか、溜まった未済事件の処理や後任への引き継ぎ準備が中心となる。

特捜部でも、よほどの事情でもない限り、再逮捕が繰り返されるような特異重大事件に関する新規の着手はせず、4月以降の新態勢で着手できるような証拠固めを進める。

強制捜査に着手するとしても、3月中に処理を終えることができる単発の脱税事件や経済事件が中心となる。

転勤のメリットとデメリット

引越しは何かと面倒だし、出費もかさむ。子どもの通学などの事情から単身赴任となり、家族と離れ離れになるケースも多い。

しかし、ようやく嫌な上司らとも別れることができる。

何よりも2~3年に一度のタイミングで住居や職場環境、スタッフの顔ぶれ、担当事件などが変わることで、気分一新できるのが大きい。

新任地でも嫌な上司と巡り合うことはあるが、1~2年で相手か自分のどちらかが必ず異動するから、それまでの辛抱だ。

他方、転勤で難事件とも別れられるということで、以前は異動時期が近づくと公判を無駄に引き伸ばしたり、捜査せずに放置するような検事もいた。

今はこうした事態を避けるように厳しい指導がなされていると聞くし、公判前整理手続や裁判員裁判制度の導入で難事件でも公判期日を集中的に組む傾向となり、逃げ切れないシステムに変わっている。(了)

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。きき酒師、日本酒品質鑑定士でもある。

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15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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