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ダウンタウンの松本人志が『キングオブコントの会』の視聴率にこだわった理由とは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

本日(4月9日)の19時から『キングオブコントの会2022』(TBS)が放送される。これは、2021年6月22日に放送された特番『キングオブコントの会』の第二弾である。

TBSではコント日本一を決める『キングオブコント』という大会が毎年放送されている。そのスピンオフ番組である『キングオブコントの会』では、歴代の『キングオブコント』のチャンピオンやファイナリストが集まり、松本人志、さまぁ~ず、バナナマンと共に新作コントを披露していた。あの松本が久しぶりにテレビでコントを披露するということでも注目されていた。

前回の特番の放送終了後、ネット上でちょっとした話題になった出来事があった。松本がツイッターで以下のような書き込みをしたのである。

「キングオブコントの会は内容的にも視聴率的にも大成功でした(笑顔の絵文字)ネットニュースっていつまで“世帯”視聴率を記事にするんやろう?その指標あんま関係ないねんけど。。。」

「補足。コア視聴率が良かったんです。コア視聴率はスポンサー的にも局的にも世帯視聴率より今や重要な指標なんです。そのコア視聴率が3時間横並びでトップやんたんです。だから。低視聴率みたいなミスリードは番組を観てくれた皆さん。後輩達に申し訳ない気がします。」(※いずれも原文ママ)

ここで松本は、自身が携わった『キングオブコントの会』という番組が「低視聴率」だったというネットニュースの内容に対して、力強く反論をしている。

「コア視聴率」とは、一般には馴染みのない言葉だが、今では民放各局がそのような指標を用いて番組を評価している。局によって対象とする年齢層や呼び方が微妙に違うのだが、おおむね13~49歳の視聴者が番組を見ていた割合を指している。

一昔前までのテレビ業界では「視聴率」とは「世帯視聴率」を意味していた。年齢層に関係なく、どのくらいの人数の視聴者がその番組を見たのか、ということが評価の基準となっていたのだ。

だが、近年では、民放各局は世帯視聴率よりもコア視聴率を重視している。若者に比べて購買意欲が高くない高齢者がどれだけ番組を見ていても、広告費を支払う側のスポンサーにとってはあまりありがたくない。そのため、民放では13~49歳の視聴者をつかむことを重視するようになっているのだ。

ところが、ネットニュースなどで「視聴率」が話題になるときには、いまだに「世帯視聴率」が取り沙汰されることが多い。すでに業界内では時代遅れの指標になっているのに、その数字だけが批判の材料として使われたりする。松本はそのような報道のあり方に異議を唱えたのだ。

このツイートの背景には、松本がテレビタレントとして長年にわたって視聴率をめぐる戦いを続けてきたという事実がある。そして、彼が『キングオブコントの会』という番組で十分なコア視聴率を獲得したと胸を張るのには、それなりの理由がある。

『ものごっつええ感じスペシャル』の屈辱

2021年放送の『キングオブコントの会』は、松本にとって特別な番組だった。なぜなら、民放では実に20年ぶりのコント番組だったからだ。20年前の2001年に放送されたコント番組は『ものごっつええ感じスペシャル』(フジテレビ)である。これは1991~1997年に放送されていた『ダウンタウンのごっつええ感じ』の復活特番だった。

『ごっつええ感じ』は、言わずと知れた伝説的なコント番組である。当時すでに飛ぶ鳥を落とす勢いだったダウンタウンの人気を不動のものにした番組であり、放送終了後に発売されたDVDも大ヒットを記録した。いま活躍している若手芸人の中にも、この番組を見て芸人を志したという者も多い。

しかし、この番組は不幸な形で打ち切りを迎えてしまった。番組がプロ野球の優勝決定試合に急きょ差し替えられたことがあった。その際、松本が事前にスタッフから連絡をもらえなかったことに不満を抱き、降板を決意したのだ。

『ごっつええ感じ』はダウンタウンの冠番組であり、中心になってコントや企画のアイデアを出していた松本あっての番組である。松本の降板はそのまま番組の終了を意味する。所属事務所の吉本興業の上層部や、フジテレビの幹部が何度も説得を試みたが、松本が意思を変えることはなかった。

そんな形で一度は終わってしまった番組が、4年後に一夜限りの復活を果たしたのだ。それが2001年の『ものごっつええ感じ』だった。お笑いファンの間では放送前から話題になっていて、絶対にチェックしなければいけない番組だと思われていた。ダウンタウンが久しぶりにテレビでコントをやるということ自体に話題性もあった。

実際、ふたを開けてみると、番組内容の充実ぶりは想像以上だった。松本のセンスには全く衰えが見られず、中身の濃い面白いコントが目白押しだった。

ところが、残念ながら、この番組は十分な視聴率を取ることができなかった。当時はまだ「コア視聴率」という言葉や概念がなく、番組の価値は世帯視聴率だけで判断されていた。「9.0%」というこの番組の視聴率は、期待をはるかに下回る数字だった。

松本はテレビを離れて映画の道へ

レギュラー時代の『ごっつええ感じ』は、全盛期にはコンスタントに15~20%の視聴率を取る人気番組だった。『ものごっつええ感じ』はゴールデンタイムの特番でありながら9.0%しか取れなかった。これは完敗と言っていい数字である。

当時のテレビではコント番組が減っていて「コント冬の時代」を迎えていた。「コント番組では視聴率が取れない」という定説のようなものがあった。『ものごっつええ感じ』の低視聴率は改めてそれを裏づけるものとなった。

この結果を受けて、松本は大衆に見切りをつけた。もうテレビでは自分の思う笑いはできないと考えて、テレビでコントをやることをあきらめてしまったのだ。

その後、松本人志は映画界に進出し、4作の監督作品を世に送り出すことになったが、テレビでコントをやることからは長く離れていた。

松本が久しぶりにテレビでコントを演じる舞台として選んだのは、民放ではなくNHKだった。2010~2012年に『松本人志のコント MHK』が放送された。NHKであれば、視聴率を気にせずに自分のやりたい笑いを追求できると考えたのかもしれない。

お笑い界のリーダーとして存在感を発揮

さらに月日は流れ、視聴率をめぐる状況は変わった。テレビ業界が世帯視聴率よりもコア視聴率を重視するようになってきた。その理由の1つは「団塊の世代」と呼ばれる1947~1951年生まれの世代がこの間に歳を重ねたことだ。

従来のテレビ業界では、人口が多くテレビにも慣れ親しんでいるこの世代が主なターゲットにされていた。だが、ここ数年でこの世代が後期高齢者になり、積極的にモノを買う層ではなくなってきた。そこで、業界全体が若者や現役世代を取り込む番組作りに大きく舵を切ったのだ。

また、「第七世代」と呼ばれる若手芸人が注目されたことをきっかけに、お笑い業界もにわかに活気づいていて、お笑い番組も増えてきた。そんな時代の変化にも後押しされて、2021年、満を持して松本のコントが民放に返り咲いた。それが『キングオブコントの会』だったのだ。

この20年の間に、松本の芸人としてのイメージも変わった。2001年の頃には、『ごっつええ感じ』降板騒動の影響もあり、傲慢不遜で生意気な芸人だというネガティブなイメージも強かった。

だが、その後、松本はお笑い界全体を引っ張っていく立場になり、リーダーシップを積極的に発揮するようになった。

『M-1グランプリ』『キングオブコント』では審査員を務め、『人志松本のすべらない話』を仕切り、大喜利番組『IPPONグランプリ』では大会チェアマンを務める。朝の情報番組『ワイドナショー』では、テレビ・お笑い関連のニュースについて持論を述べる。

2019年に闇営業騒動でお笑い界が揺れたときにも、自身のツイッターで「後輩芸人達は不安よな。松本 動きます。」と書き込み、事態収拾に動いた。松本は名実ともにお笑い界のリーダーになっていた。

和気あいあいとした空気のコント番組

この変化は『キングオブコントの会』の内容にも反映されている。それまでの松本のコント番組では、彼自身の発想がベースになっていて、彼の意向が全面的に反映された作りになっていた。

だが、今回の番組では、出演する芸人たちそれぞれが、自分たちで考えたコントを演じていた。松本が作った2本のコントもその中に含まれていた。

松本が手がけたコントのうちの1本では、複数の芸人が出ていて、それぞれの芸人が自由に何をやってもいいと松本に任されているパートがあったと明かされていた。

つまり、この番組で松本は孤高の天才として独裁的に振る舞うことをせずに、後輩芸人たちの自主性を尊重して、のびのびとコントを演じさせたのだ。そのせいもあって、『キングオブコントの会』は、過去の松本のコント番組と比べても和気あいあいとした空気が流れる温かみのある番組に仕上がっていた。

この番組のコア視聴率が良かったというのは、そのような松本の意向が視聴者にも伝わり、面白いものとして受け止められたことを示している。一時期は「視聴率が取れない」と言われていた松本のコント番組が、こういう形で復活したのは、テレビ界・お笑い界全体にとって明るい話題であると言える。

「コント解禁」から「漫才解禁」へ

こうして松本の足跡をたどってみれば、彼が自身の番組の「視聴率」について誤解を広めるようなネットニュースに黙っていられなかったのも当然だとわかるだろう。

『キングオブコントの会』は、長年にわたって大衆に向き合い、笑いを追求してきた松本のキャリアの集大成のようなコント番組だった。この番組の圧倒的な面白さは、数字に換えられない価値がある。

そんな松本は、2022年4月3日に行われた「吉本興業創業110周年特別公演 伝説の一日」にダウンタウンとして出演して、新作の漫才を披露していた。なんと、「コント解禁」の翌年に「漫才解禁」が実現したのだ。

名実ともにお笑い界の盟主である松本が、ここへ来て自身の原点であるコントや漫才に回帰しているのは、お笑いファンにとって何より喜ばしいことだ。本日放送の『キングオブコントの会2022』も、昨年に続いて充実した内容になるのは間違いない。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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