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交際宣言した「キモキャラ芸人」アンガールズ田中が誰より男前である理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

1月6日、アンガールズの田中卓志がニッポン放送のポッドキャスト番組『オールナイトニッポンPODCAST アンガールズのジャンピン』の中で、彼女ができたことを報告していた。薄毛でガリガリの外見となよなよした話し方のせいで女性にモテないキャラクターとして知られていた彼に、ついに春が訪れた。田中のライバルとも言える存在の安田大サーカスのクロちゃんも、自身のSNSでこのニュースに対して驚きを表明していた。

田中はお笑い界有数の「キモいキャラ」と思われているが、隠れた実力者として業界内では評価の高い芸人である。

実際、スペックだけを見れば、田中は決して悪くはない。むしろ、「高身長、高学歴、高収入」という、かつては理想の結婚相手の条件と言われていた「三高」をすべて満たしている。しかも、芸人として長い間テレビに出て結果を出し続けており、収入や貯金の額も相当なものだろう。

ひな壇系のトーク番組で活躍するのはもちろん、体を張ったリアクション芸でガリガリの体をくねらせて笑いを取ることもあるし、ネタ番組では解説役として的確な評論をして見る人をうならせたりもする。さらに、コンビではネタ作りを担当していて、その笑いのセンスも評価されている。芸人の中でもこれだけマルチな才能を持った人間を探すのは難しいほどだ。

デビュー当時は「キモかわいい」と言われた

そんな田中は、デビュー当時はそれほど「キモい」とは言われていなかった。むしろ、アンガールズは「キモかわいい」というキャッチコピーで知られる、おしゃれな脱力系コンビだった。細くてなよなよした2人の外見が一見するとちょっと不気味でもあるのだが、どこか癒やされるかわいらしさもある、というふうに見られていた。

ところが、ある時期から、特に田中に対しては女性から「キモい」という評価がつきまとうようになった。その決め手の1つとなったのが「カニのものまね」のパフォーマンスである。

ある番組で、先輩芸人であるネプチューンの堀内健が、田中に対して「カニの化け物のものまねができるんだよな」と無茶ぶりをした。田中がそれに乗っかって、カニのものまねをしたところ、本来持っていた気持ち悪さが増幅されて見る人に強い衝撃を与え、いつのまにか「キモいキャラ」として認知されるようになっていった。

当然ながら、田中自身も好きでキモくなったわけではない。最初は「キモいキャラ」としてイジられることに戸惑いを感じていた。だが、ある時期から田中自身も「これだけキモいキモいと言われるなら、言われっぱなしで終わるわけにはいかない」と思い、開き直るようになった。

そこからは、あえて気持ち悪さを強調するような話をしたり、スタジオ収録中に女性客ばかりの観覧席に飛び込んだりするようになった。この思い切った居直りの精神こそが、田中をキモキャラ芸人として不動の存在にした。

スタッフから信頼されている

田中はいまや「誰よりも頼りになる芸人」としてスタッフからの信頼も厚い。特に印象的だった場面がある。『アメトーーク!』(テレビ朝日)の「イマイチ印象残らない芸人」という企画で、ナイツの土屋伸之など、今ひとつ印象が薄くて忘れられがちな芸人が、その悩みや苦労を語っていた。

ここで、地味な彼らが少しでも印象を残せるように、ジェットコースターに乗るという企画が行われた。彼らがジェットコースターに乗って怖がったり驚いたりしている様子がVTRで流されたのだが、やはりインパクトに欠けていた。

そんな中で、最後に比較対象として、印象に残りやすい芸人の代表格である田中が同じ企画に挑戦する映像が流された。

風圧で髪型も頬のラインも乱れまくり、白目をむいてゾンビのような顔面になっていた。挙げ句の果てに、そのままよだれを垂らした。田中の壮絶な様子を見て、スタジオでは悲鳴と大爆笑が巻き起こった。ただジェットコースターに乗っただけでこれだけ笑いが取れる芸人がほかにいるだろうか。

自分の「気持ち悪さ」を武器にした

誰だって他人から「キモい」などと言われたくはない。たとえ芸人でもそれは同じだ。「キモい」と言われ始めたとき、田中だってきっとそれを受け入れたくはなかっただろう。それでも、彼は自身の気持ち悪さと正面から向き合い、それを笑いを取るための武器にすることを選んだ。芸人でもここまでの覚悟ができる人はなかなかいない。

例えば、出川哲朗や狩野英孝のことを思い浮かべてみてほしい。彼らは、一挙手一投足にスキがあって他人にイジられまくる無類のイジられキャラではあるが、本人たちはいたって真面目であり、自分にイジられるような弱みがあるとは思っていない。

もちろん、彼らの場合、その意識のズレこそが笑いにつながっているのだが、言い間違いなどのミスをどれだけ指摘されてもそれを受け入れられていないのは事実だ。イジられキャラと言われる芸人でもそのぐらいの感覚が普通なのだ。

だが、田中はあえて「キモい」の銃弾を真正面から受け止めた。すさまじい覚悟である。今のテレビに出ている芸人は、みんな器用で有能な人ばかりだ。ツッコミが得意な人、ボケが得意な人など、言葉を巧みに操って笑いを取る人はたくさんいる。でも、そんな中で田中はあえて「キモい」という汚れ役を引き受けて、それによって笑いを生み出すことにした。

「攻めのキモさ」を貫く

ときにはわざとキモいと言われるような言動を取って、自ら死地に飛び込み、プライドを捨てて笑いをもぎ取っていく。イジられて戸惑ったり怒ったりして「守りのキモさ」を発揮する芸人はほかにもいるが、田中のように「攻めのキモさ」を貫ける人は本当にめったにいない。そういう意味でも貴重な存在なのだ。

銃弾飛び交う戦場では「1人が死ねばみんなが助かる」という局面がある。田中は、笑いの戦場で誰よりも先に身を挺して死に向かう。「キモい」と言われることで場を盛り上げて、そこにいる全員を救ってみせるのだ。

幸か不幸か、田中のこの「男前ぶり」は世間にまだそれほど気付かれていない。今の田中はスタジオでもロケでも重宝するユーティリティプレーヤーではあるが、実力の割にMCの仕事は少ない。順調に行けば、ここから数年のうちに潜在能力が評価され、MCにステップアップしていく可能性は十分ある。仕事も私生活も充実している田中にとって、2022年は飛躍の年になるかもしれない。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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