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現代人に必要なのは大久保佳代子の「不動心」である

ラリー遠田作家・お笑い評論家

お笑い界では、一昔前と違って幅広い世代の女性芸人が活躍する時代になった。その中でも、下品になりすぎない下ネタと、会社の同僚のような親しみやすさを武器にして、トップクラスの人気を誇っているのが大久保佳代子である。

彼女は光浦靖子とオアシズというコンビを組んでいる。この2人が「女芸人会」という飲み会を主催していて、後輩の女性芸人たちが彼女たちを慕っているというのは有名な話だ。

女性芸人がまだほとんどテレビに出ていなかった時代に、単身で乗り込み、道を切り開いてきたオアシズは人生の先輩であり、芸人の先輩でもある。2人の背中を見て育ってきた後輩はたくさんいる。

大久保は2013年に突然の大ブレークを経験した。一気にレギュラー番組が増えて、冠番組まで獲得して、その年のブレーク芸人の筆頭に選ばれる存在となった。

そんな大久保の最大の魅力は、圧倒的にクールで冷静なところだ。自分でも「感情があんまりない」と語っているように、どんなことがあっても淡々としている。

例えば、かつて相方の光浦と『アメトーーク!』に出演したとき、光浦はある衝撃的なエピソードを語っていた。彼女たちは愛知県出身で、小学生のときから付き合いのある幼馴染みだった。東京に出てきてお笑いコンビとして活動を始めてから、事件が起こった。なんと、大久保が光浦の彼氏を寝取ってしまったのだ。

付き合っていたはずの彼氏が大久保と同棲しているということが判明して、光浦は怒りと悲しみに打ちのめされた。ところが、番組内で光浦が涙ながらにこの話をしているすぐ隣で、大久保はケロッとした顔をしていた。

なぜ親友の彼氏を奪うようなことをしたのかと聞かれても「当時は性欲が異常にあった」としれっと答えてみせた。昔からの仲良しで、苦楽を共にしてきた相方の彼氏を奪っても平然としているのだから、その図太さは相当なものだ。

でも、その淡々とした感じこそが、彼女のタレントとしての強みでもある。どぎつい下ネタを繰り出したり、イケメンの共演者にセクハラ交じりで絡んだりすることがあっても、そこに生々しさがない。そう言っている本人がどこかカラッとしている。だからこそ、見ている方も明るく気楽にそれを笑うことができる。

大久保は学生時代から、明るくおどけたりして周りを笑わせるのが好きだった。「カバ子」というあだ名をつけられて、光浦を含む仲良しグループに無茶ぶりをされたり、イタズラを仕掛けられたりしていた。

あるとき、彼女がトイレから教室に戻ってくると、机が校庭に出されていた。教室は3階にあったという。そのまま大久保は大急ぎで机を取りに行き、教室に戻ってきて一言。

「机を拾ったんだけど、交番に届けた方がいいかな?」

この一言で教室は明るい笑いに包まれた。これは決していじめではなく、マスコットガール的な存在だった自分に対して、みんなが次々にちょっかいを出してくれていただけだ、と本人は振り返っていた。

このエピソードを聞いて「それはただのいじめじゃないの?」と思った人もいるかもしれない。でも、本人は明るくそれを受け止めていて、いまだにいじめだとは思っていないのだという。

感情の起伏がないのは必ずしも悪いことではない。彼女は、他人にひどいことをされても、それをサラッと受け流す芯の強さを持っている。そこに、大久保が同世代の女性にとってある種の憧れの対象となっている秘密がある。

感情の揺れがないというのは、過酷な現代社会を生き抜く上で大きな強みになる。過去にとらわれず、心を乱されず、今を淡々と生きる。自分を観察する第三者の視点に立ち、常に冷静さを保つ。そんな大久保のような「不動心」を身につけることができれば、怖いものは何もない。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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