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2019年のお笑い界のトレンドは「優しさ」だった

ラリー遠田作家・お笑い評論家
『M-1グランプリ2019』予選会場にて(筆者撮影)

12月22日に放送された漫才日本一を決める『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)を見ていて、印象に残った場面がある。6組目に登場した見取り図の2人が、お互いの見た目をけなし合うくだりに入ったときのこと。盛山晋太郎がリリーに対してこう言った。

「お前さっきから黙って聞いてたら、女のスッピンみたいな顔しやがって。お前な、なでしこJAPANでボランチおらんかった?」

この言葉が発せられた直後、一瞬だけ会場は水を打ったように静まり返った。『M-1』の決勝では厳しい予選を勝ち抜いた実力派の漫才師がネタを披露するため、そもそもスベるということが少ない。多少スベったとしても、客席の笑い声がゼロになるということはめったにない。

でも、このときにはそれがあった。盛山の発言は明らかに笑わせることを意図していたものだが、彼の思いとは裏腹に会場は一瞬だけ時が止まったように無反応になった。これは「スベった」というよりも、この言葉を笑えるものとして受け止めることを観客全員が拒否した、というふうに見るべきだろう。

相方の見た目をイジるのに「女のスッピン」という表現に加えて、具体的な女性アスリートの存在を持ち出した。一昔前ならそれほど引っかからないことかもしれないが、今の感覚では「アウト」と判定されるのは無理もない。

容姿をイジる笑いや、人を傷つける笑いは今の時代にはそぐわない、などと言われることが年々増えてきた。このテーマに関して個人的には言いたいことがいくつもあるが、それは本稿の趣旨ではないので割愛する。少なくとも、そういうものを「笑えない」と感じる人が増えていることは確かであり、自分では「笑えない」とまでは思っていなかった人ですら、「笑えない」と思う人のことを今までよりも意識せざるを得ないようになってきているのは事実である。

一方、同じ日の『M-1』では、ボケを否定しない優しいツッコミを武器にするぺこぱが3位に食い込む大健闘を見せた。元来、ツッコミとは常識を盾にしてボケを否定したり訂正したりするものなのだが、ぺこぱのツッコミである松陰寺太勇はボケのシュウペイの言動を否定せず、そこに理解を示した。ありそうでなかった革新的な漫才だった。

見取り図とぺこぱの漫才から見えてくるのは、「優しさ」をまとった笑いが多くの人に求められるようになっている、という今年のお笑い界のトレンドだ。

2019年を振り返ると、それを象徴するような現象がいくつかあった。1つは、Aマッソがイベント中に人種差別的な発言をして問題になった事件だ。また、テレビ番組内で明石家さんまが性別非公表のジェンダーレス芸人のりんごちゃんに対して性別をしつこく問い詰めて「オッサンやないか」と発言したところ、ネット上で批判の声が高まったこともあった。世間の意識が変わった結果、それまでなら見逃されてきたような差別ネタや差別的な言動も非難の対象となっている。

『日経エンタテインメント!』の「好きな芸人」調査では、サンドウィッチマンが2年連続の1位になった。2018年には2位の明石家さんまと僅差の1位だったのだが、今年は大きく引き離して堂々の首位に輝いた。サンドウィッチマンは、ほかの調査でもいまや「好きな芸人ランキング」1位の常連となっている。彼らはネタの面白さだけでなく、人柄の良さも評価されて多くの人に愛されている。

今年大ブレークしたチャラ男芸人のEXITも、面白さに加えて優しさが評価されているコンビだ。彼らは2人とも相方の不祥事で解散を余儀なくされた過去を持っている苦労人だ。そのため、仕事に対する意識が高く、ファンを楽しませるサービス精神が旺盛だ。テレビでもSNSでもポジティブな発言を連発している。お互いに対する信頼も厚く、兼近大樹の犯罪歴がスクープされた際にも、相方のりんたろー。は真っ先に兼近を擁護した。

EXITと同じようにその明るさと優しさが評価されているのがアインシュタインの稲田直樹だ。稲田は今年復活した「よしもとブサイクランキング」でも1位になったほどの個性的な外見を売りにしているが、彼の本当の魅力はそのポジティブさである。自分の見た目を嫌だと思ったことがないため、卑屈にならない。イジられても堂々としているので、見ている側も嫌な気持ちにならない。

「よしもとブサイクランキング」の受賞会見の際には「僕はプロのブスだから何を言われても大丈夫。でも、一般の人に『アインシュタインの稲田に似てるな』とは絶対に言わないでほしい」という内容のことを言った。優しさと気遣いに満ちたこの発言にも絶賛の声が飛び交っていた。

人々が疲弊している時代だからこそ、毒気のある笑いよりもそっと寄り添ってくれるような笑いが求められている。優しい芸人が愛され、優しいネタがウケるという傾向はこれからも続くだろう。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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