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沢尻エリカ「お前が死ねよ」発言の衝撃

ラリー遠田作家・お笑い評論家
沢尻エリカの復帰はあるのか?(画像はイメージ)(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

今(注:2017年)から10年前の2007年、海パン一枚のあられもない姿で小島よしおが「そんなの関係ねえ」の一言で大フィーバーを巻き起こしていた頃、「別に」の一言で日本中から大バッシングを受けた女優がいた。沢尻エリカその人である。

当時21歳の彼女は、出演する映画の舞台あいさつでなぜか機嫌が悪く、司会者からの問いかけにも答えようとせず、ふてくされたような態度に終始していた――ひとことで言うと、ただそれだけの事件である。しかし、これをきっかけにマスコミは一丸となって「沢尻叩き」に走った。まだネットメディアが今ほど発達していない時代なのに、彼女の悪評の広まり方の速さは尋常なものではなかった。駆け出しの若い女優が偉そうであるということは、それだけで十分に叩くべき理由となったのだ。

各種マスコミでは、沢尻の知られざる悪行が次々と報じられ、いつもお高くとまっていることを揶揄する「エリカ様」という言葉まで生まれた。しばらくして彼女は芸能活動を一時休止。その後、いろいろなことがあって、単に「偉そう」なだけの人ではないのかな、ということに何となく世間が気付いてきた頃、彼女は映画『ヘルタースケルター』で女優業に復帰した。

そしてここ最近、沢尻はドラマ『母になる』(日本テレビ系)の宣伝のためにバラエティ番組に顔を出している。10年の時を経て、「エリカ様」はどう変わっているのか? すっかり落ち着いて丸くなっているのか、今でもとがっているのか。どちらの姿も見たいような見たくないようなあやふやな気持ちのまま、私は固唾を飲んで彼女の一挙手一投足に目を光らせることにした。すると、そこには想像以上の光景が広がっていた。

2017年4月11日放送の『踊る踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)では、板谷由夏、小池栄子といったドラマ共演者と共に沢尻が登場した。番組タイトルの副題にも「沢尻エリカ様初登場!」と銘打たれていることからも注目度の高さがうかがえる。明石家さんまは序盤からひたすら沢尻に「無法者」のレッテルを貼って徹底的にイジり倒していった。

ファンから変なプレゼントが届いて困るという話題が出たときには、すかさず沢尻に「ピストルとか送られてくるの?」と尋ねた。沢尻が「自宅で下着がどんどん減っていく」という不思議な話を披露したときには「又吉、謝れよ」とその場にいた又吉直樹を下着泥棒扱いしつつ、話を聞いていった。そして、肝心のオチが「実は飼い犬の仕業だった」ということが明かされると、さんまは「かわいらしい! そんなんキャラクターにないで!」と一蹴した。

ここまでの流れはさんまのシナリオ通りだろう。年齢を重ね、バラエティにも出るようになった沢尻がある程度は丸くなっていることを想定して、あえて昔と同じ無法者であることを期待していることをほのめかす。沢尻がそのままいい人のイメージで終わったとしても、仮に悪い部分が見えてきたとしても、どちらに転んでもいいように準備が整えられている。

ただ、ここから事態は急変した。「インターネットなどで不特定多数の人間から悪口を書かれることをどう思うか」という話題になり、さんまは沢尻に問いかけた。

「どんな悪口を書かれてても気にしないの?」

沢尻は背筋をスッと伸ばし、堂々と答えた。

「もう、全然。『死ねばいいのに』とか。お前が死ねよ、みたいな」

言い終わった後、「あ、言っちゃった」とばかりに照れ笑いする沢尻。それを見て「それ、それ!」と歓喜するさんま。10年前に日本国民からつるし上げられた「エリカ様」は今も健在だった。

インターネットを介して人々の嫉妬の感情が無限に増幅されている今の世の中では、いわゆる「上から目線」の言動は徹底的に叩かれる傾向にある。しかし、どうあがいても手の届かない独特のポジションからの「超・上から目線」は、不思議と許される傾向にある。悪名高き「エリカ様」は、齢31にしてその高みにまで達したのではないか。

私たちが芸能人に「様」を付けるのは、格上の存在だと敬っている一方で、異次元の存在として恐れているということの現れでもある。古くは「ヨン様」など、外国の俳優が「様付け」で呼ばれやすいのもそのためだ。「別に」から10年、長い長い前振り期間を経て、鎖から解き放たれた沢尻の放つ「お前が死ねよ」の一言。それは、ゾンビのようにネット上を徘徊する無数の悪意を成仏させる女王からの鎮魂歌(レクイエム)である。

《2017年4月16日『テレビPABLO』(小学館)に掲載》

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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