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日本エレキテル連合という宇宙

ラリー遠田作家・お笑い評論家
日本エレキテル連合『電気倶楽部』(太田出版)より。撮影:鈴木心

日本エレキテル連合という、デビュー以来数年にわたって面白いことをやり続けている素敵なお笑いコンビがいるのですが、彼女たちがゴシップ系の記事などでは「消えた」とか「一発屋」などと書かれたりすることがあって、そういうものを目にするたびに、お笑いの消費の仕方があまりに上っ面にとどまっていて、あら、まだそういう感じなんだ、と不思議に思います。

そういうメディアでは、一方で「テレビの影響力は下がった」とか「テレビなんて誰も見ていない」などと言ったりもするくせに、別の文脈では、テレビに数多く出ているかどうかだけを絶対の基準として、芸人やタレントが消えたとか消えないとか、売れたとか売れないとかレッテルを貼ったりもしているわけですから、やっぱり不思議は不思議なのです。

日本エレキテル連合は、2014年後半にいわゆる「ブレーク」というものを経験しました。ハロウィンには「朱美ちゃん」のコスプレをした若者が街にあふれ、「ダメよ~ダメダメ」は新語・流行語大賞に選ばれ、2人は年末の『NHK紅白歌合戦』にも出演しました。

ただ、その時期より前から、その時期以降、現在までずっと、彼女たちは淡々と自分たちの表現活動を続けてきました。芸人として一般的な活動であるテレビとライブに加えて、2人が新たな表現の場として選んだのはウェブ動画の世界でした。ユーチューブには『日本エレキテル連合の感電パラレル』という彼女たちの公式チャンネルが存在しています。ここでは、2人がさまざまなキャラクターに扮する新作動画が毎日更新されています。ブレークする前から、ブレークしている間も、ブレークが終わった後も、淡々とそれは続けられてきたのです。チャンネル登録者数は2015年7月現在、15万人を突破しています。彼女たちは日本有数のユーチューバーでもあるのです。

日本エレキテル連合『電気倶楽部』(太田出版)より。撮影:鈴木心
日本エレキテル連合『電気倶楽部』(太田出版)より。撮影:鈴木心

『感電パラレル』にある動画は、ライブで演じられるコントと並んで、日本エレキテル連合の代表的な作品です。そこには、よく知られた朱美ちゃんと細貝さん以外にもさまざまなキャラクターがいて、それぞれが強い個性を放っています。彼女たちが作ったキャラクターの数は100を超えます。この豊富なキャラクターこそが彼女たちの財産です。

日本エレキテル連合の作るキャラクターには共通した特徴があります。見た目のインパクトが強い、はっきりした性格がある、生い立ちや趣味嗜好などの裏設定が決まっている、といったことです。いわば、外も中も徹底的に作り込まれている。こういったキャラクターはどうやって生まれているのでしょうか。

その秘密を解く鍵となるのは、衣装や小道具に対する異常なまでのこだわりでしょう。2人で一軒家を借りて住み、大量の衣装などをそこに詰め込んでいるのです。古着屋、フリーマーケットなども駆使して、ジャンルを問わずさまざまな服やメガネやカバンや靴を買い込んでくる。そして、そこからイメージを膨らませていくのです。こういう服を着た人はこういう性格のはずだ、こういう衣装でこういう設定のネタができるのではないか、など。彼女たちはメイクも自前でやっています。いわば、自分たちを真っ白なキャンバスに見立てて、衣装や小道具からインスピレーションを受け、そこにわき上がってきたものをコントとして描いていくのです。

初めから「意味」ではなく「ビジュアル」からネタが作られている、ということが重要です。彼女たちには「出オチの美学」があります。コントが始まった瞬間、2人のキャラクターの見た目だけで観客を驚かせたい。何が始まるんだろう?と思わせたい。それがネタ作りのモチベーションになっているといいます。キャラクターのビジュアル面のイメージが固まれば、そこから性格や趣味嗜好が決まり、顔つきや口癖も浮かんでくる。そして、設定が見えてきて、ネタが組み立てられていきます。こういうやり方で次々にキャラクターが生まれ、それが自然に動き出していくからこそ、毎日新作動画を更新するという離れ業が実現できているのでしょう。

日本エレキテル連合『電気倶楽部』(太田出版)より。撮影:鈴木心
日本エレキテル連合『電気倶楽部』(太田出版)より。撮影:鈴木心

日本エレキテル連合の最大の魅力。それは、圧倒的なオリジナリティです。彼女たちが作るキャラクターやコントには、下敷きとなる特定の作品や人物などの影響がまったくと言っていいほど感じられません。これはかなり珍しいことです。どんな人間であれ、表現者である限り、他の人が手がけた作品に強い影響を受けていて、それが何らかの形でにじみ出てしまうのが普通です。ところが、日本エレキテル連合にはそれがほとんど感じられません。むしろ、そういった安易な意味付けやルーツ探しを拒否するかのように、すべてのキャラクターは何者にもよらず悠然と立っています。もちろん、あえてパロディをやっていることもありますが、それでも元の作品からの逸脱の度合いは大きく、パロディとしての意味はかなり薄くなっています。

「このコントは、あの映画のあのシーンを元にしています。これ、分かる人には分かりますよね?」というような、サブカル的なちまちました自意識こそ、彼女たちに最も無縁のものです。ネタ作りを担当する中野聡子さんの頭の中では、さまざまな作品や人物やアイデアが、何の脈絡もなく雑然と並んでいて、それをただ直感的にうまく切り出してくるのでしょう。そうやって日本エレキテル連合のあの世界は作られているのです。

朱美ちゃんが「おしゃべりワイフ」という一種のアダルトグッズであるという裏設定はすでに有名ですが、それ以外にも、性的なモチーフや、社会的なタブーに触れるようなネタもたくさんあります。ただ、それをことさらに強調せず、これみよがしに「私たち、タブーに挑戦してます!」というようなイヤらしさも微塵も出さず、ただ、やりたいからやる、というスタンスで自分たちの表現に徹しているだけの、抜群の「品の良さ」こそが、日本エレキテル連合が魅力的である理由です。

この7月に発売されたばかりの新刊『電気倶楽部』(太田出版)は、彼女たちの数々のキャラクターをカメラマンの鈴木心さんが撮り下ろした豪華なつくりのビジュアルブックです。毎日更新されていく『感電パラレル』が「動」の活動だとしたら、書籍という形でまとまっている『電気倶楽部』は「静」の活動だと言えるでしょう。写真は美しく、個々のキャラクターが生き生きと躍動しています。そこに付いている2人の解説も読みごたえは抜群。そのキャラクターがどうやって生まれたのかなども赤裸々に語られています。この本を手引きとして『感電パラレル』やライブを楽しむこともできるでしょう。

2人の生み出すコントやキャラクターは、どこを取っても濃密で、どこまでも細部と奥行きがあります。日本エレキテル連合とは、ひとつの世界であり、ひとつの宇宙。その扉は常にあなたの目の前に開かれています。

日本エレキテル連合『電気倶楽部』(太田出版)
日本エレキテル連合『電気倶楽部』(太田出版)
作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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