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あの『パラサイト』を超えた! 韓国歴代興収1位『エクストリーム・ジョブ』監督が語る大ヒットの秘密

桑畑優香ライター・翻訳家
昼はチキン売り夜は潜入捜査官 個性豊かなヘタレキャラが本気になる瞬間は鳥肌モノ!

キャッチコピーは「揚げる大捜査線」。

国際犯罪組織を監視するためチキン店に偽装し(!)、潜入捜査に挑む5人の落ちこぼれ刑事たち。思いがけずチキン店が大ヒットし、犯人を“挙げる”よりもチキンを“揚げる”のに大忙し。

韓国で観客動員数1600万人を突破、歴代興行収入1位。

話題の『パラサイト 半地下の家族』さえ超える記録的メガヒットを飛ばした『エクストリーム・ジョブ』が公開中だ。

イ・ビョンホン監督に聞いた、観客の心をつかんだ秘密とは――。

イ・ビョンホン監督 1980年生まれ。2013年に独立映画『頑張って、ビョンホンさん(原題)』でデビュー。演出作品に『二十歳』(15)など。『サニー 永遠の仲間たち』(11)などの脚本/脚色も
イ・ビョンホン監督 1980年生まれ。2013年に独立映画『頑張って、ビョンホンさん(原題)』でデビュー。演出作品に『二十歳』(15)など。『サニー 永遠の仲間たち』(11)などの脚本/脚色も

肝は「つかみ」と「リズム」

――大ヒットおめでとうございます! 予感はしましたか。

イ・ビョンホン監督:これまでは分からなかったのですが、『エクストリーム・ジョブ』の時は、成功する自信がある程度あったような気がします。

最初に企画した時に想定した数字があって、撮影しているときから、「うまくいけばそれを超えることができそうだ」という不思議な自信を感じたんです。俳優同士の息もピッタリ合っていたし、雰囲気も良く、望んでいたように撮影が進んでいったので。でも、まさかこんなにヒットするとは想像できず、怖いほどの結果です(笑)

――監督は脚色もしていますが、そもそも企画をしたきっかけとは。

イ・ビョンホン監督:作家のムン・チュイルさんが設定などのアイディアを出し、製作会社が脚色しました。私は、その時点で製作会社の代表からオファーを受けました。アイディアがとても面白く、シナリオを読みながら、どんどんアイディアが湧いてきて。ぜひ一緒にやってみたいと思いました。

――具体的にどんなところが面白いと思いましたか。

イ・ビョンホン監督:まずは大きな設定が気に入りました。刑事たちが犯人を捕まえるためにチキン店を偽装経営し、潜伏捜査を試みているうちに店が大繁盛するというのは、強力なシチュエーションコメディーだと思いました。このアイディアひとつだけで、絶対に面白い作品になるだろう、と。

最初の脚本にはだいぶ手を入れています。まずは全体的なコメディのリズムを考えました。映画の冒頭部分のシークエンスを一番悩み、いろいろ考えました。どのように登場させ、まとめるか。最初のパートでこの作品のアイデンティティを打ち出したかったから。のっけから楽しめるコメディになればいいと考えました。

――感性で描くよりも、緻密に組み立てていくタイプでしょうか。

イ・ビョンホン監督:そうだと思います。

周りが安心できるキーパーソンを選ぶ

5人の刑事のキャラがずば抜けて立っている。

捜査で実績を上げられず昇進が足踏み状態のコ班長(リュ・スンリョン)、歯に衣着せぬ荒々しい物言いの紅一点チャン刑事(イ・ハニ)、トラブルメーカーのくせにチキン料理に思わぬ手腕を発揮するマ刑事(チン・ソンギュ)、仲間がチキン店経営にあくせくする中一人捜査に邁進するヨンホ(イ・ドンフィ)、先走る情熱で周りを振り回す末っ子刑事のジェフン(コンミョン)。

個性的な演技派ぞろいの中でも、捜査班を率いるコ班長役のリュ・スンリョンは、『7番房の奇跡』『王になった男』など1000万人以上の観客を動員した映画に多数出演。ドラマ『キングダム』『IRIS-アイリス-』にも出演した人気俳優だ。

イ・ビョンホン監督:リュ・スンリョンさんをキャスティングしたのは、シリアスな演技からコメディまでこなせる人だから。最初から彼を念頭に脚色を進めていました。リュ・スンリョンさんがキャスティングされてこそ作品が安定し、他の役も自由に自信をもって決めることができると計算していました。生活感のある演技をしながら、台本なしで俳優ひとりの力で笑わせることができる俳優は、それほど多くありません。そのひとりがリュ・スンリョンさんです。

――リュ・スンリョンさんはコミカルな演技も上手ですが、アドリブも結構入れてくるタイプですか。

イ・ビョンホン監督:基本的には台本に忠実に演じていました。というのは、セリフがとても多かったので、アドリブを盛り込むよりも、事前に話し合いながらシーンを作っていきました。実は、アドリブにも挑戦しましたが、「面白くないね」と本人自らあきらめたり(笑)。おかげで、現場は和気あいあいでした。

――素顔はどんな方ですか。

イ・ビョンホン監督:映画よりも面白い人です。冗談が大好きで、笑いに対するこだわりも強い。ギャグに失敗してもめげずにまたトライする(笑)。

――5人の刑事の息もピッタリでしたが、キャラクターを引き出すために工夫したこととは。

イ・ビョンホン監督:シナリオに書かれているキャラクターについて、それぞれの俳優がとても深く理解していました。私が引き出さなくても、役者たちがとても頭がいいので、やるべきことをきちんと心得ていたんです。5人の呼吸もピッタリ。相手に足りないところがあれば、補いながら。お互いに対してよい存在になろうと努力する真心が見えて、「本当に楽しみながら演じていたんだなあ」と、編集の時に映像を見ながら心がほっこりしました。

――監督自身を投影しているキャラクターはいますか。

イ・ビョンホン監督:特にいません(笑)。これまでの作品ではある程度自分を投影したキャラがいたかもしれませんが、『エクストリーム・ジョブ』にはいないですね。あ、友達とケンカするときは、悪党役のテッド・チャンに近いかもしれません(笑)

コ班長(右から3番目)は、麻薬を密輸している国際犯罪組織の情報をつかみ、4人の捜査班メンバーと共にアジトの前のチキン店で張り込みをすることに
コ班長(右から3番目)は、麻薬を密輸している国際犯罪組織の情報をつかみ、4人の捜査班メンバーと共にアジトの前のチキン店で張り込みをすることに

共同作業で「笑い」を生み出す

――ご自身と異なるキャラクターを演出する際は、客観的に?

イ・ビョンホン監督:そうですね。今回はあえて引いた目線で、客観的にアプローチをしました。監督は役者やスタッフから質問を受ける立場なのですが、本作では逆に私が周りにいろいろ聞きました。「これは面白いかな」「これで合ってるかな」「もしかして、私は間違っているだろうか」と。そういう意味で、共同作業のような作品です。

――映画で観客を笑わせるのは、泣かせるよりも難しいような気がします。どのように「笑い」を生み出していくのでしょうか。

イ・ビョンホン監督:『エクストリーム・ジョブ』では、「すべてのシーンで面白く、笑わせなければならない」という、奇妙な強迫概念のようなものが自分の中でありました。キャラクターひとり一人、シーンのひとつ一つで笑ってもらえたら、と。だからシナリオをまとめるときから、どうしたら面白くなるか、ずっと考え続けてきました。

スタッフにもアイディアを出してもらって。面白そうに撮れたけど不安な時は、もうワンパターン撮ったりもしました。編集するときまで悩み、どっちのパターンが笑えるかスタッフに多数決で決めてもらったこともあります(笑)。

庶民に寄り添うテーマ設定

もうひとつ、“主役を食う脇役”として描かれるのが「チキン」だ。

6か月の制作期間中に使われたチキンは、カルビチキン249羽分、フライドチキン106羽分、生の鶏肉88羽分、その他の多様な種類のチキン20羽分。計463羽ものチキンが登場する。その圧倒的な存在感は、「映画を見終わったらチキンが食べたくなった」という人が続出するほど。

韓国ドラマにもよく登場するチキン店は、実は独特のイメージを象徴する職業だ。

イ・ビョンホン監督:韓国でチキンと言えば、店があまりにも多いというイメージ(笑)。韓国の人は郷愁や親近感を感じています。昔父親が店のテーブルで喧嘩したことを思い出すような。手ごろに食べられて庶民的というイメージです。僕もチキンが大好きです。

――庶民的だからこそ、多くの人が共感したのかもしれません。

イ・ビョンホン監督:最初に考えたのは、映画のテーマは庶民的であるべきだということでした。箱を開ければすぐに内容がわかるような大衆的なテーマで、映画を作りたかったんです。

――1997年のIMF経済危機の時期に、会社を解雇された人たちの多くがチキン店を開いたと聞いたことがあります。

イ・ビョンホン監督:IMFの頃、会社を辞めていろいろな店を創業する人が増えました。なかでもチキン店はあちこちにあるため、そういう記事が出たのだと思います。ただ、チキン店はその時だけでなく、いつの時期でも開業する人が最も多い業種なんです。

――カルビで有名な水原の焼き肉店の息子マ刑事が作る、水原カルビチキンがとてもおいしそうです。映画だけの架空メニューでしょうか。

イ・ビョンホン監督:実際には存在しないと思っていたのですが、昔、似たようなメニューがあったと聞きました。水原には「チキングルメ通り」というのがあるのですが、映画が公開されたあと、大人気になりました(笑)。

チキン店での調理シーンのために、マ刑事役のチン・ソンギュはクランクイン1か月前から料理学校で猛特訓を重ね「チキンの匠」となった
チキン店での調理シーンのために、マ刑事役のチン・ソンギュはクランクイン1か月前から料理学校で猛特訓を重ね「チキンの匠」となった

小市民が夢を抱けるファンタジー

韓国で興行収入歴代1位、観客動員数歴代2位を記録した『エクストリーム・ジョブ』。これまでの大ヒット作は『バトルオーシャン 海上決戦』『国際市場で逢いましょう』など歴史や政治などに絡めたシリアス路線ものが多く、コメディやアクションが首位になるのは異例のことだ。

イ・ビョンホン監督:ヒットの背景には、笑いに対する渇望があったのではないかと思います。公開当時、韓国社会は落ち込んでいて、笑える雰囲気ではありませんでした。政治的な問題や、大きな事故が起きたりする中、コメディ映画がなかなか作られなかったんです。それが逆に映画のヒットに作用したのではないか、と。気楽に見ることができる大衆的なテーマであり、小市民が夢を抱けるファンタジーでもあり、家族みんなで楽しめる。そんな映画的な面白さが社会とうまく調和したのではないでしょうか。

――『エクストリーム・ジョブ』のヒットは、劇中に登場するチキン店の成功にも重なるような気がします。“大ヒット商品”を作るコツとは。

イ・ビョンホン監督:コツというのはありえないのですが(笑)……あえて言えば、基本に集中することでしょうか。最初に意図したことから視線をそらさずに、ぶれずにやり遂げる。それが大切だと思います。

『エクストリーム・ジョブ』

 1月3日から公開中

 配給:クロックワークス 

 (c) 2019 CJ ENM CORPORATION, HAEGRIMM PICTURES. CO., Ltd ALL RIGHTS RESERVED

ライター・翻訳家

94年『101回目のプロポーズ』韓国版を見て似て非なる隣国に興味を持ち、韓国へ。延世大学語学堂・ソウル大学政治学科で学ぶ。「ニュースステーション」ディレクターを経てフリーに。ドラマ・映画レビューやインタビューを「現代ビジネス」「AERA」「ユリイカ」「Rolling Stone Japan」などに寄稿。共著『韓国テレビドラマコレクション』(キネマ旬報社)、訳書『韓国映画100選』(クオン)『BTSを読む』(柏書房)『BTSとARMY』(イースト・プレス)『BEYOND THE STORY:10-YEAR RECORD OF BTS』(新潮社)他。yukuwahata@gmail.com

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