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日本でも4割の人がすでにコロナに感染 抗体調査から分かることは?国内でもコロナは広がりにくくなる?

忽那賢志感染症専門医
都道府県毎のN抗体陽性率の変化(筆者作成)

先日開催された厚生科学審議会において、日本における抗体陽性率の最新の調査結果が報告されました。

この結果からは、日本に住む約4割の人がすでに新型コロナに感染しているということが分かりました。

今回の調査結果からは他にどのようなことが分かるでしょうか?

「抗体調査」とは?S抗体とN抗体の違いは?

S抗体とN抗体(DOI:https://doi.org/10.1016/j.tibtech.2022.07.012より筆者作図)
S抗体とN抗体(DOI:https://doi.org/10.1016/j.tibtech.2022.07.012より筆者作図)

抗体とは、免疫システムによって作られるタンパク質のことであり、新型コロナウイルスに感染したりワクチン接種をすると、種々の抗体が作られます。

測定されることの多い新型コロナの抗体としてはS抗体とN抗体の2種類があり、S抗体はワクチンの標的である「スパイク蛋白(S蛋白)」の抗体でありワクチン接種をした人と感染した人のいずれも陽性になるのに対し、N抗体はウイルス遺伝子を包み込んでいる「ヌクレオカプシド蛋白(N蛋白)」の抗体であり感染した人だけが陽性になるものです。

今回の調査は、2023年2月に日本赤十字社で献血した16歳〜69歳の13,121名を対象に、N抗体が測定されました。

つまり、今回の調査の目的は「過去に新型コロナに感染したことがある人」がどれくらいいるのかを調査することを目的にN抗体の測定が行われました。

日本に住む4割の人が過去に新型コロナに感染している

2022年11月および2023年2月時点での日本全国の献血者の都道府県毎のN抗体陽性率(第108回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードおよび第73回厚生科学審議会感染症部会を元に筆者作成)
2022年11月および2023年2月時点での日本全国の献血者の都道府県毎のN抗体陽性率(第108回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードおよび第73回厚生科学審議会感染症部会を元に筆者作成)

献血者のN抗体の調査の結果、42.3%、つまりおよそ4割の人が過去に新型コロナに感染したことがあると考えられました。

都道府県別に見ると、福岡県(59.4%)、沖縄県(58.0%)、佐賀県(52.5%)、愛知県(51.8%)、大阪府(50.2%)、の5つの都道府県で陽性率5割を超えていた一方、岩手県(27.4%)、福島県(31.7%)、新潟県(33.5%)が低いという結果でした。

なお東京都は42.2%が陽性ということで、ちょうど全国平均くらいの陽性率でした。

当然ではありますが、前回2022年11月に行われた抗体調査のときよりも全ての都道府県で高くなっています。

2022年11月時点および2023年2月時点での日本全国の献血者の年代別のN抗体陽性率(第108回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードおよび第73回厚生科学審議会感染症部会を元に筆者作成)
2022年11月時点および2023年2月時点での日本全国の献血者の年代別のN抗体陽性率(第108回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードおよび第73回厚生科学審議会感染症部会を元に筆者作成)

また、年齢別に見ると、N抗体の陽性率は年齢が若いほど陽性率は高く、16〜19歳の6割がすでに新型コロナに感染したことがあるようです。

年齢が高くなるほどN抗体の陽性率は低下しますが、60〜69歳でも28.3%と前回の調査よりも大幅に高くなっています。

なお男性と女性との間に陽性率に差はありませんでした。

ではこれらの結果から、どのようなことが分かるでしょうか?

気づかずに、あるいは診断されずに感染している人が2000万人いる?

今回の調査は16歳〜69歳の献血者を対象に行われていますので、日本の全ての人口を代表しているものではありません。

そうした点を考慮しつつも、42.3%の人が感染しているとすると、日本では5300万人が感染していることになります。

2023年3月16日までに、日本では3337万人が新型コロナと診断されていますので、一部の人は再感染していることを差し引いても、感染しても診断されていない人が約2千万人いると推定されます。

海外の報告では、オミクロン株に感染した約半数は感染したことを自覚していなかった、とのことですので、今回の抗体調査の結果と合わせると日本でも自覚せずに感染している人はたくさんいると考えられます。

前回2022年11月の抗体調査では、N抗体陽性率から推定される感染者数(3300万人)とその時点で把握されていた感染者数(2500万人)の差は800万人でしたが、今回の抗体調査ではこの差が2000万人と大きく開いています。

第7波と第8波の間に届け出の要件が変更されたこともあり、第8波では実際の感染者と把握されている感染者数との乖離が大きくなっているものと考えられます。

把握されている感染者数の規模は第7波と第8波では大きく変わらなかったにも関わらず、死亡者数は第8波の方が大幅に増えていたのは何故なのかこれまでも議論されていましたが、「実際の第8波の感染者数は第7波よりも多かったため」ということが今回の抗体調査によって明らかになりました。

日本でも今後は流行が広がりにくくなるのか?

オミクロン株が広がる前の2021年12月にも同様の抗体調査が行われていますが、このときの陽性率は2.5%でした。

つまりほとんどの人はオミクロン株が広がってから感染していることになります。

新型コロナに感染した人が持つ免疫のオミクロン株に対する感染予防効果(N Engl J Med 2022; 387:1620-1622より筆者作成)
新型コロナに感染した人が持つ免疫のオミクロン株に対する感染予防効果(N Engl J Med 2022; 387:1620-1622より筆者作成)

従来のmRNAワクチンを接種した人はオミクロン株に感染しにくくなりますが、完全に感染を防ぐことは困難になってきています。

一方、オミクロン株に感染した人は、同じオミクロン系統の新型コロナウイルスには感染しにくくなることが知られており、この約4割の方は(少なくとも短期的には)再感染しにくい状態と考えられます。

では今後、日本国内でも新型コロナは広がりにくくなるのでしょうか?

イギリスにおけるS抗体およびN抗体の推移(UKSHA. COVID-19 vaccine surveillance report 2 March 2023より)および人口あたりの新規感染者数
イギリスにおけるS抗体およびN抗体の推移(UKSHA. COVID-19 vaccine surveillance report 2 March 2023より)および人口あたりの新規感染者数

イギリスではN抗体の陽性率が1ヶ月ごとに報告されていますが、2023年3月2日の時点でN抗体の陽性率は86%に達しています。

すでに正確な感染者数が数えられていないということもありそうですが、現在イギリスでは新型コロナの流行の波は、ピークが徐々に下がってきており感染が広がりにくくなってきています。

イギリスにおいてN抗体陽性率が約4割だったのは、今から1年以上前の2022年2月頃です。

イギリスではこの頃から流行の規模が少しずつ小さくなってきていますので、日本でも今後流行の規模が小さくなっていくことは期待できるかもしれません。

しかし、XBBと呼ばれるオミクロン株の亜系統の変異株に対しては、過去にオミクロン株に感染した人であっても感染予防効果は51%にまで下がる、という報告も出ており、今後の日本国内で広がる変異株の状況次第では流行の規模の大幅な減少は期待できないかもしれません。

また、オミクロン株とは全く異なる新たな変異株が出現し広がってしまった場合には、オミクロン株に対して免疫を持った人も感染してしまうことから、今は流行が落ち着いている欧米諸国でも再び感染者が増加する可能性が高いと考えられます。

こうしたことを考慮すると、日本でも「N抗体の陽性率が高くなること」が必ずしもゴールとは言えません。

それでは今後5類感染症になる新型コロナについて、私たちが気をつけるべきことはどういったことでしょうか。

感染者数の急激な増加を抑えて流行の規模をなるべく小さくすることが医療の逼迫を避けるためには必要になります。5類感染症になった後も流行状況が悪化した時期にはマスク着用、こまめな手洗い、3密を避けるなどの感染対策は重要です。

また高齢者や基礎疾患のある方など重症化リスクの高い人はワクチン接種をアップデートした状態を保つことでご自身を守るようにしましょう。

※N抗体は時間経過とともに陰性になることがあるため、今回の調査での陽性率は少なく見積もられている可能性があります。また、文中にも記載していますが、16歳未満の小児や70歳以上の高齢者の抗体陽性率についてはこの調査では明らかになっていません。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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