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「抗体カクテル療法」特例承認 新型コロナの治療はどう変わるのか

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

7月19日に抗体カクテル療法が特例承認となり、国内で初めて軽症の新型コロナ患者に使用可能な治療薬が登場したことになります。

新型コロナの治療はどのように変わるのでしょうか。

抗体カクテル療法とは?

抗体が新型コロナウイルスのスパイク蛋白に作用し、ヒト細胞への侵入を防ぐ(DOI: https://doi.org/10.1503/cmaj.200642より)
抗体が新型コロナウイルスのスパイク蛋白に作用し、ヒト細胞への侵入を防ぐ(DOI: https://doi.org/10.1503/cmaj.200642より)

抗体は新型コロナウイルスの表面にあるスパイク蛋白とヒト細胞の表面にあるACE2受容体の結合を阻害することでウイルスの増殖を防ぎます。

今回承認された「抗体カクテル療法」は、2種類のモノクローナル抗体を組み合わせた製剤になります。

モノクローナル抗体とは、新型コロナから回復したヒトやヒト免疫機能を持つよう遺伝子組換えされたマウスが産生する何千という抗体の中から、特にスパイク蛋白に強い中和能を持つ2つ(カシリビマブとイムデビマブ)の抗体を選び出し、これらの抗体を産生する細胞から大量に作り出して製剤としたものです。

なぜ「カクテル」なのか?

イムデビマブとカシリビマブは新型コロナウイルスのスパイク蛋白のRBD(受容体結合ドメイン)に結合する(https://doi.org/10.1038/s41577-021-00542-x)
イムデビマブとカシリビマブは新型コロナウイルスのスパイク蛋白のRBD(受容体結合ドメイン)に結合する(https://doi.org/10.1038/s41577-021-00542-x)

イムデビマブとカシリビマブという抗体は、それぞれ新型コロナウイルスのスパイク蛋白の別の部位に結合し中和能を発揮します。

なぜ1種類だけでなく2種類の抗体を組み合わせているのでしょうか。

この治療薬を開発したリジェネロン社は、変異ウイルスの出現に対応するために2つを組み合わせる「カクテル療法」を選んだとされます。

実際に、1種類のモノクローナル抗体製剤であったバムラニビマブは、変異ウイルスが増加し有効性が低下したことからアメリカでは緊急使用承認が撤回されました。

今回承認された抗体カクテル療法は、デルタ型変異ウイルスをはじめ様々な変異ウイルスにも効果を維持しているということですが、今後登場する新たな変異ウイルスに対する効果が低下してしまう可能性は残されています。

「抗体カクテル療法」はどういう人に効果がある?

新型コロナの経過と重症度に合わせた治療の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を元に筆者作成)
新型コロナの経過と重症度に合わせた治療の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を元に筆者作成)

新型コロナウイルスに感染すると約5日後に発症します。

発症してから約1週間は、発熱や咳、頭痛、関節痛などインフルエンザのような症状が続きます。

この時期は体内でのウイルス増殖が主病態であることから、ウイルスの増殖を阻害する抗ウイルス薬や抗体薬が有効と考えられます。

発症から1週間後以降は一部の人は酸素投与や人工呼吸管理が必要となり、ウイルス増殖よりも過剰な炎症反応が主病態となるため、この時期には炎症を抑えるための抗炎症薬が有効と考えられます。

新型コロナの治療では、このように発症からの時期や重症度によって、使用すべき治療薬が異なります。

今回承認された「抗体カクテル療法」は発症からなるべく早い時期に投与することで効果を発揮することが期待されます。

「発症から7日以内の酸素投与を必要としない患者」を対象にしたランダム化比較試験では、カシリビマブとイムデビマブを投与された患者では有意にウイルス量が減少し、特に投与された時点でまだ感染者自身の抗体が作られていない人の方がより効果が高かったという結果でした。査読前ですが、4057人の外来患者を対象にしたランダム化比較試験ではモノクローナル抗体を投与した患者において入院または死亡を7割減らしたという研究も報告されています。

また別のモノクローナル抗体ですが、すでに重症化した入院患者に投与した場合は効果がなかった、という結果も報告されており、いかに重症化する前に早く投与するかが重要になります。

現状では、安定的な供給が難しいことから、当面の間日本国内では「酸素投与を要しない」「重症化リスクのある者として入院治療を要する者」に限定されるとのことです。

重症化リスクは、私も編集委員に入っている厚生労働省「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き(5.1版)」に掲載されている、

・65 歳以上の高齢者

・悪性腫瘍

・慢性閉塞性肺疾患(COPD)

・慢性腎臓病

・2型糖尿病

・高血圧

・脂質異常症

・肥満(BMI 30 以上)

・喫煙 ・固形臓器移植後の免疫不全

・妊娠後期

などが該当します。

1回の点滴で治療は完了になります。

「抗体カクテル療法」の課題は?

今回の緊急承認によって、新型コロナの治療の選択肢が増えたことは医療現場にとっては良いニュースと言えます。

ワクチン接種によって高齢者の重症者は減少しているとは言え、まだまだ重症化リスクの高いワクチン未接種者は多くいます。

こうした方々が適切なタイミングで抗体カクテル療法を受けることで重症化を防ぐことができれば、医療現場への負担も軽減されるでしょう。

一方で、課題も残されています。

高価な薬剤ですので、適切な患者に、適切なタイミングで適正使用されることが重要ですが、効果が期待される期間内に投与することは決して簡単ではありません。

治療を受けるまでには、

発症→検査→診断→入院→治療

というステップを踏む必要があります。

発症して検査を受けるまで、検査を受けて結果が出るまで、診断されて入院するまでにそれぞれ時間がかかりますが、入院したときにはすでに発症から1週間を過ぎていたということも珍しくありません。

これらの期間をできる限り短縮し円滑に治療が行われるために、さらなる体制整備が望まれます。

また、現時点では抗体カクテル療法は入院患者が対象となっています。

しかし、例えば第4波のときの関西の状況のように、重症者が想定以上に増加してしまった場合、「酸素投与を要しない患者」は入院できる病床がないという状況が起こりえます。

そうした状況も考慮して、入院患者だけでなく外来患者(自宅療養者やホテル療養者)にも投与できる体制づくりが望ましいのではないでしょうか。

※ 引用していた文献(N Engl J Med 2021; 384:238-251)の有効性の記載に誤りがあったため修正しました。また査読前の文献(https://doi.org/10.1101/2021.05.19.21257469)に関する記載を追加しました。ご指摘ありがとうございました。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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